第41話 航海
イリスはカルロスが払った代償について気になっていた。フィオナは何をもらったのかまでは教えてくれない。
「カルロスに直接聞いてごらん」
そう言うだけだった。
明日はとうとうアレクセイ王国に向けて船に乗る。それも相まって、イリスは眠れなかった。寝返りを打つと、隣で眠るフィオナが「うーん」と唸った。
イリスはフィオナを起こさないようにそっと部屋を出た。
中庭のベンチに座り、空を眺めると、たくさんの星が煌めいている。
――カルロスは、あの時、なにを代償にしたんだろう……。
森の魔女はイリスを助けるための薬と、荒野の魔女の情報を惜しみなくくれた。カルロスは相応の代償を払ったのだろう。
「イリス」
イリスは名前を呼ばれ、はっとすると、そこにはカルロスがいた。カルロスはイリスの隣に座った。
「明日出発なのに、こんな夜更かししていていいのか?」
「カルロスこそ」
「俺は寝る前に少しだけ散歩しようと思って。城での生活は体がなまる」
そう言って、カルロスは肩を回した。イリスはカルロスをじっと見つめ、カルロスは緑の瞳を居心地悪そうにイリスに向けた。
「なんだよ、なにかしたか?」
イリスはうなずいた。
「フィオナから聞いた。森の魔女に代償を渡したでしょう?」
カルロスは苦笑し、星空に視線を向けた。
「ああ、そのことか。渡した」
イリスはカルロスの腕を掴んだ。
「何を渡したの?」
「なんだっていいだろう。イリスが助かったんだから」
イリスは首を横に振った。
「フィオナと海の魔女のやりとりを見て、カルロスが渡したものが、きっととても大切なものだったんだろうと思ったの。教えて、カルロス」
イリスの真剣な瞳に、カルロスは観念したように緑の瞳を緩めた。
「亡くなった母さんの形見のネックレス」
イリスはそれを聞いて、立ち上がった。
「フィオナに別のものと交換できないか聞いてくる!」
カルロスはイリスの手を掴んだ。
「いいんだよ。剣は旅で必要だったし、渡せるものはそれくらいしかなかった。母さんとの思い出は、ちゃんとここに残っている」
カルロスは胸を叩いた。イリスはカルロスを振り返り、涙を流した。
「カルロス……」
カルロスは立ち上がり、イリスを抱きしめた。
「イリスが助かった。俺はそれでいい……」
イリスはカルロスの胸に顔を埋めた。温かい鼓動が聞こえ、イリスは薄い茶色の瞳をそっと閉じた。
翌日の朝。
イリスたちは港へとやってきた。辺りには海鳥の鳴き声と波の音が響いている。イリスたちが乗る大きな船の前に体格のいい男性がいて、イリスたちに気づくと、ぎこちなくお辞儀をした。
「イリス王女殿下、お待ちしておりました。船旅の間、お世話をさせていただくトムです。さっそく船にご案内します」
トムは船から垂れ下がっている縄ばしごを上っていく。カルロス、イリス、フィオナ、ホセも後に続いた。案内された船室は、二段ベッドが左右にひとつずつ置かれただけの部屋だった。
「狭くて申し訳ございません。船旅の間は、甲板へは自由に出てもよろしいですが、荒れている時ときは、避けてください」
トムはそう言って、部屋を出ていった。
フィオナはそれを確認してから、かばんからネックレスをとりだした。
「海の魔女が船酔いしないおまじないをかけてくれたネックレスだよ」
ひとりひとりに手渡した。銀のチェーンに小さな水色のしずくの形をしたペンダントトップがついている。イリスはそれを首につけた。
船が動き出し、しばらくしてフィオナは満足そうに言った。
「さすがは海の魔女特製のネックレス。ぜんぜん船酔いしないよ!」
カルロスはベッドに座りながらフィオナに視線を向けた。
「アルド王国からルーベンス王国へ戻るとき、フィオナの船酔いは大変そうだったもんな」
「大変なんてもんじゃないよ! 吐き続けて、死ぬかと思ったよ。おばあちゃんの薬は質がいいからね。海の魔女も大変満足してくれたよ」
それにカルロスが思い出したようにフィオナを睨んだ。
「フィオナ、お前、代償のことをイリスに言っただろう」
「いけなかった? カルロスがイリスのために払った代償なんだから、イリスは知っておくべきだよ」
「知らなくてよかったんだ。俺が勝手にやったことなんだから……」
カルロスはふいっとフィオナから視線を逸らした。イリスはフィオナに尋ねた。
「カルロスが払った代償を他のものと交換することはできる?」
「イリスが払い直すってこと? 基本的にはしないけど、おばあちゃんが納得すれば、交換してもらえるかも。帰ったら聞いてみるよ」
イリスはほっと胸を撫で下ろした。
それから航海は順調に進み、暇を持て余したイリスたちは甲板で息抜きをしていた。
海風は心地よく、イリスは手すりにもたれながら大海原を眺めていた。カルロスとホセは元気が有り余っているのか、取っ組み合いをしている。
フィオナはそれを呆れた顔で眺めながら、イリスの隣に立った。
「子供みたいなことしている……」
イリスもカルロスたちを振り返り、苦笑した。
そこへトムもやってきて、カルロスとホセを見て笑った。
「なんだ、なんだ? お前たち、暇なのか?」
カルロスとホセはトムに気づくと、取っ組み合いをやめて、駆け寄った。トムは二人が一般人だと知ってからは気楽に接している。二人もトムを兄貴分として慕っていた。
ホセは眉を下げ、トムを見上げた。
「暇すぎて死にそうだぁ」
「それは大変だ。お前たちに仕事をやろう」
トムは笑みを浮かべ、ホセとカルロスの肩を抱いた。それに二人は瞳を輝かせた。フィオナはトムに声をかけた。
「あたしにもなにかすることをちょうだいよ」
それにトムは考えるように視線を上げた。
「女の子にできそうな仕事か……。調理場に聞いてみるか」
それにイリスが手を合わせ、微笑んだ。
「ありがとう、トム!」
トムは慌てて両手を左右に振った。
「さすがにイリス王女殿下に仕事をさせるわけには……」
イリスは懇願するような視線をトムに送った。
「お願い、トム」
トムは顔を困ったように頭を掻き、観念したようにうなずいた。
調理場ではイリスとフィオナが談笑しながら、椅子に座ってジャガイモをむいている。
料理長がじとっとした視線をトムに送り、トムは申し訳なさそうにしながら調理場をあとにした。




