第40話 海の魔女
ルーベンスの城へと戻ってきたイリスは、すぐに父である国王に事情を話し、年に三回出るペトロフ大陸へ渡る船の手配をしてもらった。出発は二週間後で、しばらく猶予のあるイリスたちは森にりんごをとりに来ていた。ダニエラとコニーも一緒だ。
ダニエラはイリスたちから話を聞いて、小さく笑った。
「今度はペトロフ大陸に行くの?」
イリスも苦笑し、うなずいた。
「ええ。まずはアレクセイ王国へ行く予定よ」
フィオナはりんごをかじった。
「アレクセイ王国ってどんな国?」
イリスは少し考えてから答えた。
「私も行ったことはない。ルーベンスと国交はあるから、少し勉強した程度だけど、山に囲まれた国で、質の高い鉱石がとれるの。宝石の輸出が主な収入源」
それにホセが茶色の瞳を輝かせた。
「宝石かぁ……」
カルロスはホセを横目で見た。
「ホセ、お前、盗むなよ?」
ホセはカルロスにむっとした視線を向けた。
「オレはユアン王子に仕える従者だぜ。今はまっとうに生きているんだ。昔のオレと一緒にするんじゃねぇよ」
カルロスはそれに笑った。
「ごめん、ごめん」
イリスは口元に手を当てて、少し笑った。
「鉱山でとれるのは、宝石になる前の原石。宝石が転がっているわけじゃないわ」
その言葉にホセは残念そうに肩を落とした。
「そうなのかぁ……」
カルロスは苦笑した。
「さっきからちょこちょこ昔のホセが顔を出しているのに気づいているか?」
ホセは「うん?」と首を横に傾げた。
それにみんな笑って、りんごを食べながら話していた。
森を出て、ダニエラとコニーと別れたイリスたちは、城へ戻ろうとクルトの街を歩いていた。
城の前で、フィオナが海の方を指差した。
「あたし、海の魔女に会ってくるから、先に帰っていて」
イリスは首を横に傾げた。この辺りに海の魔女が住んでいる話は聞いたことがなかった。
「海の魔女? どこに住んでいるの?」
「うーん。説明が難しいな。そうだ、イリスも一緒に来る?」
イリスは興味があったので、フィオナの言葉にうなずいた。それにホセも興味を示した。
「フィオナ姐さん、オレも、オレも!」
フィオナは顔の前でバツを作った。
「ホセとカルロスは、重量オーバー。イリス、行こう」
フィオナはイリスの手を引いて歩き出した。
イリスは手を引いているフィオナの背中に尋ねた。
「重量オーバー?」
「まぁ、行けばわかるって」
フィオナはイリスを振り返り、黄金の瞳にいたずらっぽい笑みを浮かべた。
人の気配のない浜辺を歩き、端まで来た。フィオナは用心深く人がいないことを確認してから、手をかざしてほうきをとりだした。ほうきをまたぎ、イリスを振り返る。
「後ろに乗って」
イリスは言われた通りにフィオナの後ろに乗った。
「しっかり掴まっていてね」
イリスがフィオナの腰に手を回したのを確認してから、フィオナはふわりと浮いた。崖の前をゆっくりと飛んでいく。イリスは感嘆の声を漏らした。
しばらく行くと、入江があって、そこに一軒の小さな家がぽつりとあった。フィオナはその家の前に降り立ち、扉をノックした。出てきたのは青い髪と青い瞳を持つ少女だった。
「フィオナ、久しぶり」
「ニーナ、海の魔女はいる?」
「いるけど……」
ニーナはフィオナの後ろにいるイリスに目を向けた。フィオナもイリスを振り返った。
「この子はイリス・ルーベンス」
ニーナは青い瞳を大きく開き、慌てた様子でお辞儀をした。
「わたしは海の魔女見習い、ニーナです。――師匠、森の魔女見習いのフィオナとイリス王女殿下がいらっしゃっています」
「入っていただきなさい」
小屋の奥から澄んだ女性の声がして、ニーナはイリスとフィオナを小屋の中へと招いた。室内は木のぬくもりがあふれていて、綺麗に整えられていた。そこにはニーナと同じ青い髪と青い瞳を持った女性が微笑みながら立っていた。
「イリス王女殿下、お初にお目にかかります。わたくしは海の魔女です。このような場所までいらしたご用件をおうかがいしましょう」
それに答えたのはフィオナだった。
「用件があるのはあたしです、海の魔女。イリスはただの付き添い」
海の魔女はフィオナに視線を向けた。フィオナは小さくお辞儀をした。
「今度、海を渡るので、船酔いしない方法を教えてください」
海の魔女はリビングにあるテーブルに視線を向けた。
「座りながら話しましょうか。ニーナ、お茶を入れて差し上げて」
「はい、師匠」
ニーナはリビングの端にあるキッチンに立った。イリスとフィオナは並んで椅子に座り、向かいには海の魔女が座った。
「海を渡って、どこへ行くの?」
フィオナは真剣な瞳を海の魔女に向けた。
「ここだけの話です。あたしたち、妖精王に依頼され、行方不明の時の妖精を探しにペトロフ大陸に行きます。手がかりは、時の妖精の力を借りたとする風の魔女だけ。風の魔女も未だに行方不明です。海の魔女はなにかご存じではないですか?」
海の魔女は視線をわずかに逸らした。
「禁忌を犯した風の魔女の行方は、わたしも知らない。森の魔女が手を尽くして探しているのに、この大陸で見つけられないから、他の大陸に渡ったのではないかという考えはうなずける。それで、海を渡るから、船酔いしない方法を探しているのね」
フィオナは苦笑を浮かべながらうなずいた。
「前に船に乗ったら、ひどい船酔いをしちゃって。ペトロフ大陸に行くとなると、長い時間、船に乗るでしょう? なので、海の魔女なら船酔いしない方法を知っているかなと思って……」
海の魔女はにこやかにうなずいた。
「あるわよ」
フィオナは黄金の瞳を輝かせた。
「本当ですか!」
「それで、あなたはなにを代償にする?」
海の魔女は相変わらずにこやかだったが、青い瞳は値踏みをするように鋭く、イリスの背にぞっとしたものが走った。フィオナは気にする素振りをみせず、かばんから一本の小さな瓶をとりだした。
「森の魔女が作った魔力を高める秘薬です」
海の魔女はそれを受け取り、瓶から一滴垂らし、舐めた。そして、満足そうにうなずいた。
「いいわ。船酔いしないおまじないをかけたネックレスを作ってあげる」
「わぁ! ありがとうございます!」
フィオナが嬉しそうに手を合わせた。海の魔女からは穏やかな雰囲気が漂っている。
「森の魔女の薬はよく効くから、こちらがもらいすぎているくらいね。何人で行くの?」
「四人です」
「なら、四つ作ってあげましょう。一週間後に取りにきなさい。間に合う?」
「はい!」
イリスとフィオナは、ニーナが入れてくれたお茶を飲んでから、海の魔女の家を出た。ほうきに乗り、空を飛ぶと、イリスはフィオナに尋ねた。
「どうして私を連れてきてくれたの?」
「イリスも魔女のやりとりを知っておいた方がいいと思ったんだよ。時の妖精の加護を受けているなら、大きく括ったら、イリスも魔女だ」
それにイリスは驚いたように薄い茶色の瞳を見開いた。
「私が魔女?」
「うん。それに、イリスが今後、魔女の力を借りたくなったとき、契約方法を知っていれば安心だ。代償も払わずに魔女の力を借りようとすると、命を取られることもある」
イリスはフィオナにぎゅっと抱きついた。
「私はそれを知らずに、森の魔女やフィオナを頼ってしまったってことね」
フィオナは少しだけ振り返り、微笑んだ。
「カルロスから代償はもらっている」
それにイリスは驚いた顔でフィオナを見た。




