第39話 妖精の国
馬車での旅は優雅に進み、イリスたちは妖精の森から一番近い村に到着した。そこから妖精の森へは徒歩で向かう。
森が見えてきた頃、正面からひとりの男性がやってきた。
「君たち、子供だけでどこに行くんだい?」
カルロスがそれに答えた。
「妖精の森に向かっている」
男性はそれを聞いて、顔をしかめた。
「危険だからやめた方がいい」
カルロスは首を横に傾げ、男性に尋ねた。
「危険?」
「ああ。子供だけで行く場所じゃない。妖精に連れて行かれてしまう前にお帰り」
そう言って、男性は去っていった。
イリスたちが戸惑う中、鳥の姿でフィオナの肩に止まっている森の妖精は小さく笑った。
「たまに妖精の国に迷い込む人がいます。記憶を消してから森へ戻すので、そういった噂が立っているのでしょう」
それを聞いたイリスたちは顔を見合わせ、イリスは不安げな視線を森の妖精に向けた。
「私たちも記憶を消されるのでしょうか?」
「安心してください。みなさんは妖精王が招待したお客様です。記憶を消したりはしませんよ」
それにイリスたちはほっとして、妖精の森へと足を踏み入れた。小道を進んでいく。人の気配はない。鳥のさえずりが聞こえ、葉が風で擦れる音が辺りに響いている。
しばらく進むと、湖に出た。
フィオナは黄金の瞳を輝かせた。
「おばあちゃんが言っていた通りだ! 森を抜けた先に湖があって、そこが妖精の国への入り口だって」
カルロスはフィオナに視線を向けた。
「フィオナは来たことないのか?」
「はじめてだよ。魔女にとって、ここは神聖な場所。一人前の魔女になると、妖精王にご挨拶をし、妖精に加護をもらうんだ。あたしは森の魔女見習いだから、森の妖精から」
ホセは辺りを見回した。
「入口なんてどこにあるんだ?」
森の妖精は空を飛び、こちらを振り返った。
「湖が入り口です。さぁ、ついてきてください」
森の妖精は湖に飛び込んだ。それに続くようにフィオナは迷わず湖に飛び込んだ。それをイリス、カルロス、ホセは驚いたように見ている。
ホセは湖を覗き込んだ。澄んだ綺麗な水で、そこに森の妖精とフィオナの姿はなかった。
「おい、おい。正気かよ……。オレ、泳げないぜ」
ホセは青い顔でカルロスに視線を向けた。
カルロスは隣にいるイリスの手を掴んだ。
「一緒に行こう。手を離すなよ」
イリスはうなずき、カルロスとイリスは湖に飛び込んだ。それにホセは慌てた。
「ひどい! オレも一緒に連れて行けよ!」
ホセは息を大きく吸い込んでから飛び込んだ。
湖に飛び込んだと思ったのに、すぐに顔は水面から出た。イリスが驚いていると、フィオナはイリスに手を伸ばした。
「掴まって」
イリスはフィオナの手に掴まり、岸に上がると、不思議なことに服が濡れていない。カルロスは自力で岸に上がり、イリスと同じように濡れていないことに驚いていた。ホセも遅れて岸に上がった。
辺りは夜で、蛍のような光がたくさん飛んでいる。顔を上げた先には、光り輝く城が聳え立っていた。
イリスは幻想的な景色を眺め、ひとりごとのように呟いた。
「ここが、妖精の国……」
森の妖精は人の姿でそこにいて、きびすを返した。
「さぁ、妖精王がお待ちです」
森の妖精のあとに続き、城に入っていく。白い廊下は、ほのかに光りを放ち、美しい。
ひとつの部屋の前にたどり着き、森の妖精が扉を開けた。そこは謁見の間で、階段を上がった先にある玉座には、金髪の人が座っていた。男性なのか、女性なのか見分けがつかない、美しい人だった。白い絹を纏い、手には黄金の杖を持っている。
森の妖精はお辞儀をした。
「妖精王、お連れいたしました。――さぁ、みなさんも中へ」
イリスは森の妖精に促されるように部屋の中ほどまで行き、お辞儀をした。
「この度は、お招きいただき、ありがとうございます。ルーベンス王国第一王女、イリス・ルーベンスです」
それに続いて、カルロス、ホセ、フィオナも名乗った。
妖精王は階段を下り、イリスたちの前に立った。
「ようこそ、妖精の国へ。立ち話もなんだ。食事をしながら話そうか」
妖精王が杖を振るうと、テーブルと椅子が現れ、テーブルの上には温かな料理が並んでいる。それにイリスたちは驚いた顔をしていたが、妖精王は何食わぬ顔で椅子に座った。
「さぁ、君たちも座って」
イリスたちは戸惑いながら席についた。堅くなっているイリスたちに妖精王は笑みを浮かべた。
「食べて、食べて」
妖精王が食事をとりはじめたので、イリスたちは視線を交えてから、おそるおそる食べはじめた。それを妖精王はにこにこしながら眺めていた。
「これは時の妖精がしでかしたことへのお詫びだよ」
イリスは妖精王に視線を向けた。
「どういうことでしょうか?」
「イリス、君が解決したあの事件には、時の妖精が関わっている。風の魔女が願い、魔法を発動したのは彼女だが、時の妖精はそれを手伝った」
イリスは薄い茶色の瞳を見開いた。フィオナは納得したようにうなずいている。
「おばあちゃんとも話していた。風の魔女ひとりで、すべての人の時を止められるのだろうかって。時の妖精が手伝ったのなら合点がいく」
妖精王はイリスに微笑んだ。
「イリスは時の妖精に会ったことがあるね?」
そう言い切った妖精王に、イリスは戸惑いながら首を横に振った。
「いいえ。お会いしたことはないと思います」
「時の妖精の加護がイリスに付与されている。記憶にないだけで、どこかで会っているはずだよ。今回、呼んだ理由のひとつは、それを確かめたかった」
イリスは記憶を探ったが、やはり時の妖精と会った記憶は思い当たらない。困惑しているイリスに妖精王は言った。
「時の妖精は、八年ほど前に妖精の国を出たまま行方不明だ。あいつを放っておけば、また誰かの願いを叶え、時を操るかもしれない。そこで、君たちに依頼がある。時の妖精を探してもらえないだろうか?」
イリスたちは顔を見合わせたあと、イリスは呆然と言った。
「手がかりがないわ……」
フィオナはあごに手を添えた。
「風の魔女の願いを時の妖精が叶えたのだとしたら、風の魔女は時の妖精と接触しているはず。風の魔女を見つけられれば、もしかしたら……」
それにカルロスはフィオナに視線を向けた。
「風の魔女の居場所はわかったのか?」
フィオナはそれに首を横に振った。
「おばあちゃんが探しているけど、見つかっていない。おそらく大陸を出ているんじゃないかな? さすがに大陸の外のことまではおばあちゃんにもわからない」
ホセはそれにため息をついた。
「大陸の外って広すぎるだろう……」
イリスたちが話し合っているのを、妖精王は楽しそうに頬杖をついて聞いていた。
「頼んだよ」
その響きは依頼ではなく命令だった。イリスたちは渋々うなずくしかなかった。
妖精の森へと戻ってきたイリスたちは、重い足取りで歩いていた。
カルロスはオレンジの頭をがしがしと掻いた。
「誰だよ、『今回は気楽な旅だ』と抜かしたやつは!」
ホセは呆れた目でカルロスを見た。
「自分を責めるなって、カルロス」
フィオナは小さくため息をついた。
「途方もない旅のはじまりだったね……」
イリスは三人を振り返った。
「とりあえず、一度ルーベンスへ戻りましょう。ペトロフ大陸への船は、ルーベンスの港からも出ているわ。お父様に手配してもらいましょう」
イリスたちは重いため息をついた。




