第38話 新たな旅のはじまり
場所をイリスの部屋に移し、イリス、カルロス、フィオナ、ホセは久しぶりの再会を喜んでいた。離れていた間の話題は尽きない。
夜も更けてきて、そろそろお開きの雰囲気になってきた頃のことだった。
フィオナはお茶を一口飲んだ。
「カルロスはいつまでルーベンスにいるの?」
カルロスは緑の瞳をフィオナに向けた。
「今日到着したばかりだからな。しばらくはルーベンスにいるんじゃないか?」
イリスはそれに微笑んだ。
「そう。なら、ダニエラとコニーも誘って、みんなでりんごをとりにいきましょうよ。森においしいりんごがなる木があるの」
フィオナは明るい笑みを浮かべた。
「いいね! ホセもアルド王国に帰る前がいいから、さっそく明日行こうよ」
ホセはうなずいた。
「明日はオレも自由にしていいとユアン様から言われている。行けるぜ」
カルロスもうなずいたその時だった。カーテンが閉まっている窓から音がした。イリスたちは窓を見てからお互い顔を見合わせた。
フィオナは怪訝そうな顔をした。
「今、窓をノックする音がしなかった?」
それにカルロスは首を横に傾げた。
「こんな夜更けに、厳重な警備がされてるこの城の、しかも、王女の部屋のバルコニーだぞ。きっと風かなにかじゃないのか?」
すると、またノックする音がして、イリスたちは再び窓に視線を向けた。
フィオナは机に腕を置き、カルロスを見た。
「気のせいじゃないよ。カルロス、見てきてよ」
カルロスはそれに嫌な顔をした。
「いやだよ。ホセ、行ってこいよ」
ホセは青い顔で首を横に振った。
「オレだっていやだよ。こんな時間に尋ねてくるやつなんて、アレしかないじゃん!」
フィオナは首を横に傾げた。
「あれってなにさ?」
「おばけに決まっているじゃん!」
ホセが真剣な顔で言うので、フィオナは笑った。
「そんなのいるわけないでしょう。お子様だなぁ」
またノックの音がして、イリスが覚悟を決めた顔で立ち上がった。
「ここは私の部屋だし、私が……」
カルロスが呆れた顔で立ち上がった。
「お前が出たら一番だめだろう。しかたがない。俺が見てくる」
カルロスは剣のグリップに手を添え、閉まっているカーテンをおそるおそる少しだけ開けた。
「何もいない……」
カルロスはそう言いながら視線を下げて、小さく笑いながら振り返った。
「かわいい緑色の鳥がきているぞ」
それにイリスたちはほっとしたような顔をした。カルロスは窓を開けると、緑の鳥はトコトコと室内に入ってきた。次の瞬間、それは女性の姿になった。緑の長い髪、ピンクの花のようなドレスが揺れている。
それにカルロスは驚き、飛び退いた。フィオナの顔色が変わり、転がるようにその女性の前に駆け寄り、跪いた。
「森の妖精とお見受けいたします」
フィオナの言葉に、イリスとホセは立ち上がった。
森の妖精は優しく微笑みを浮かべる。
「森の魔女見習いフィオナ、顔をあげなさい」
フィオナはおそるおそる森の妖精を見上げた。
「このような人間の国にいらっしゃるなんて、あたしたちに何か御用でしょうか?」
森の妖精はフィオナに一通の手紙を差し出した。
「妖精王の手紙を届けにきました」
フィオナは黄金の瞳を見開き、震える手で手紙を受け取った。それを開いて、中身に目を通す。フィオナはしゅんとした顔でイリスを振り返った。
「あたし、文字は読めないんだった……」
イリスは苦笑しながらフィオナの横に膝をつき、手紙を受け取った。それを読んで、薄い茶色の瞳を戸惑ったように揺らした。
「これは私たち四人への妖精王からの招待状……」
その言葉を聞いたカルロスとホセもイリスのそばに寄った。フィオナも驚いた顔でイリスを見た。イリスは森の妖精に視線を向け、お辞儀をした。
「お初にお目にかかります。ルーベンス王国第一王女のイリス・ルーベンスと申します。この度は、遠路はるばる手紙を届けていただき、感謝いたします」
森の妖精はイリスに優しい緑の瞳を向けた。
「妖精王は時を取り戻したあなた方に会いたいと仰せです。わたくしが妖精の国までご案内いたします」
「謹んでお受けいたします。支度をいたしますので、少し猶予をいただけますか?」
イリスはそう言ってから顔を上げた。カルロスは慌てた様子でイリスの肩に手を置き、耳元に顔を寄せた。
「そんな安請け合いしていいのか? 妖精の国がどこにあるのかもわからないのに……」
「妖精王直々の招待状を断れないでしょう。それに私たちを呼んだ理由も気になる」
イリスの瞳に迷いはなく、カルロスは諦めたように小さくため息をついた。
「わかった。俺も行こう」
「オレも、オレも! 楽しそう!」
ホセは茶色の瞳を輝かせている。
フィオナも立ち上がり、うなずいた。
「もちろん、あたしも行くよ」
イリスは部屋の扉を開け、控えていた侍女に声をかけた。
「お父様とお母様、それからユアンを応接間に呼んでもらえる? 急ぎの用件だと伝えて」
「かしこまりました」
侍女はうなずき、足早に去っていった。イリスは森の妖精に向き直った。
「父と母に事情を説明させていただきたいのです。ご同行いただけますか?」
森の妖精はうなずき、イリスたちは部屋を出た。イリスを先頭に廊下を歩き、応接間で国王、王妃、ユアンを待った。
三人は一緒にやってきた。国王は入室しながら、イリスに尋ねた。
「このような時間に急ぎの用件とはなんだ? ユアン王子まで呼び出して……」
そう言いながら、視線は森の妖精に向かった。王妃とユアンも見知らぬ人がいることに怪訝そうにしている。
イリスは森の妖精に手を向けた。
「こちらは森の妖精。私たちに妖精王からの招待状を持ってきてくださいました」
その言葉に国王は驚き、森の妖精を見た。
「お初にお目にかかります。ルーベンス王国、国王のパトリック・ルーベンスと申します。まさか妖精が実在したとは……。お会いできて光栄です」
王妃とユアンも国王の後ろで驚いた顔をしている。
イリスは国王に顔を向けた。
「妖精王からの招待をお受けしようと思うの。私たちは妖精の国に行ってくる」
国王は躊躇いながら、森の妖精に尋ねた。
「無知で申し訳ございませんが、妖精の国とはどちらにあるのでしょうか?」
それに答えたのはフィオナだった。
「妖精の国へはリース王国にある妖精の森から行けます」
国王はうなずき、少し考えを巡らせたあと、イリスに視線を向けた。
「気をつけて行ってきなさい。馬車を用意しよう」
イリスは笑みを浮かべ、うなずいた。
「ありがとう、お父様」
ユアンはホセに視線を向けた。
「ホセも行くのか?」
「そのつもりです。許可をいただけますか?」
ホセは胸に手を当て、お辞儀をした。ユアンはうなずいた。
「イリスを守れよ」
「御意」
ユアンの従者として振る舞うホセに、カルロスは驚いた。
「お前、見違えたな」
「フレディ様に厳しく躾けられたからな」
ホセが胸を張っていつもの調子でそう言ったので、思わずみんな笑ってしまった。
翌日。
城の前に止められた馬車にイリスたちは乗り込んだ。フィオナの肩には緑の鳥の姿になった森の妖精が乗っている。
国王、王妃、ユアン、フレディが見送りに来ており、王妃は馬車の扉が閉まる前にイリスの手を握った。
「いってらっしゃい、イリス。みんなも」
「いってきます」
イリスは笑顔でそう言うと、王妃の手を離した。
馬車は動き出し、フィオナはご満悦の表情で馬車のソファーに座っている。
「さすがは王室の馬車だね。ソファーがふかふかだ」
カルロスはそれに微笑んだ。
「今回の旅は、国王公認だからな。気楽な旅だ」
こうして、イリスたちの新たな旅は、はじまった――。




