第36話 再会①
月日は流れ、今年もお茶会の日が訪れた。
朝から支度に追われる使用人たち。城内に溢れるご馳走の香り。
イリスも例外ではなく、朝から慌ただしく身支度をしていた。イリスはこの日のために仕立てた若葉色のドレスを身に纏っている。デザインは違うが、カルロスと初めて出会ったときのドレスと同じ色だ。
侍女がイリスのココアブラウンの髪を結い上げている。イリスは椅子から部屋の窓の外に目を向けた。そこには青く澄み渡る空が見える。
――今日、カルロスはきてくれるのだろうか。
イリスの胸は、期待と不安で満ちていた。
白亜の城がある首都クルトに多くの人々が訪れるこの日は、露店もたくさん出ていて、賑わいを見せている。人々が行き交う中、ひとりの少女が歩いていた。
森の魔女見習いのフィオナだ。格好は街娘と変わらない。けれど、ふわふわと揺れる赤毛と、樫の杖は人々の目を引いていた。
フィオナが城門の前につくと、ちょうどそこに一台の馬車が止まった。そこから出てきたのは、見覚えのある紳士だった。アルド王国第二王子ユアン・オールディスの側仕えのひとり、フレディだ。
フレディは馬車を降りたあと、馬車のそばに控えるように立った。同じ馬車から降りてきたのは、茶色い髪を肩の長さで切り揃えた少年ユアン・オールディス。
ユアンはフィオナを見つけ、自信あふれる笑みを浮かべた。
「さっそく見覚えのある娘に会ったぞ」
その言葉はフィオナに言ったのではない。馬車の中に向かって言った。そこから顔を出したのは茶髪の少年。黒い制服を着ている。それはユアンの側仕えだけが着ることを許された制服だ。
フィオナは黄金の瞳を輝かせた。
「ホセ!」
「やあ、フィオナ姐さんじゃないか」
ホセはあいかわらず軽い調子で挨拶をした。そんなホセにフィオナは飛びかかるようにして抱きついた。ホセは驚きながらも、フィオナを受け止めた。そんなホセに違和感を覚え、フィオナは見上げた。
「あれ? もしかして、背、伸びた?」
以前よりも頭が高い位置にある。
「ああ。十センチくらい伸びた」
「こいつ、俺より背が伸びてしまった。せっかくいい影武者を見つけたと思ったんだが……」
ユアンは肩をすくめた。細身のユアンに対し、ホセは肩幅があり、がっちりとした体つきになっていた。たった十ヶ月でこうまでかけ離れた体格になるとは、誰も予想していなかった。
フィオナはにこにこしながら言った。
「ちゃんとユアン王子の側仕えを続けていたんだね」
「ああ。まっとうに働いてらぁ」
「ホセが俺の側仕えになってから調子がいいんだ。机の上に欲しかった情報の資料が置かれていたり、なかなか掴めなかった証拠が見つかったり」
ユアンは満足そうだ。フィオナは呆れたような顔をユアンに向ける。
「ねぇ、本当に気づいていないわけじゃないんでしょう?」
「なにがだ?」
ユアンは口元に笑みを浮かべた。これは気づいている笑みだ。ホセは影武者をクビになったあと、諜報員に転職を果たしたようだ。
フィオナは肩を竦め、わざとらしくため息をついた。
「まぁ、ホセらしく生きていて、ちょっと安心したよ」
「だろ? 水を得た魚って、きっとこういう気分なんだろうな」
ホセの顔は生き生きとしている。
フレディが門のそばに立つ衛兵に声をかけると、すぐに城内へ案内された。城門を潜ると、お茶会が行われる庭がある。芝が敷かれた広い庭だ。その庭を抜け、白亜の城に入る。
城内はお茶会の支度で使用人たちが慌ただしく行き交っている。迷路のような廊下を進み、ひとつの美しい装飾の施された扉の前に辿り着いた。
衛兵がノックすると「どうぞ」と少女の可愛らしい声が返ってくる。ドアを開けた先には、支度を終えたイリスが窓辺に立っていて、微笑んだ。
「ようこそ、ルーベンスのお茶会へ」
イリスはフィオナたちに中へ入るように手を差し出した。
「よう、イリスちゃん」
「ホセ、久しぶりね。その制服、よく似合っているわ」
ホセは嬉しそうに笑った。イリスはユアンに視線を向けた。
「ユアンも久しぶり。まさか本当に来てくれるとは思っていなかった」
「一度はルーベンスのお茶会に参加してみたいと思っていたしな。それに、友にお茶会の招待状が届いたのに、連れてこないわけにはいかないだろう?」
ユアンはホセの肩に腕を回した。イリスはくすくすと笑う。
「その後、アルド王国はどう?」
「半年前に父が亡くなって、そのあと、すぐに兄上が王位を継ぐことが正式に決まった。最近はやっと落ち着いてきたな。来年には戴冠式がある。そのときは、改めて報告を兼ねた招待状をルーベンス国王へ送るよ」
イリスは笑みを浮かべてうなずいた。
しばらく話していると、部屋をノックする音がした。
「イリス王女殿下、ユアン王子殿下。お茶会の支度が整いましたので、広間までご案内いたします」
「フィオナとホセは庭のお茶会で待っていて。私たちもあとで行くから」
フィオナはうなずいた。
イリスたちと別れ、フィオナとホセは廊下を並んで歩いた。何度かこの城を訪れているフィオナにとって迷路のような廊下も慣れたものだ。迷うことなく庭に向かって歩いていく。
ホセは尋ねた。
「フィオナ姐さん、カルロスは?」
「さぁ? あたしもあれから一度も会ってないんだ」
「今日、来るのかなぁ?」
「イリスはこのお茶会で再会する約束をしたと言っていたけど……」
「もしかしたら、先にお茶会に出ているのかもな。あいつは毎年来ているんだろう?」
ホセは茶色の瞳に笑みを浮かべた。
一方、イリスとユアンは、城の広間で行われているお茶会に参加していた。こちらも例年通り、ルーベンス国王夫妻と国の重鎮たちで机を囲む堅苦しいお茶会だ。和やかな空気のようで、時折、張り詰めた空気を感じる。話の矛先は、はじめてお茶会に出席するアルド王国第二王子であるユアンに集中していた。
「ユアン王子はおいくつになられましたか?」
貴族のひとりが尋ねた。白いひげを蓄えた男性だ。
「十七になりました」
「そうですか、そうですか。イリス王女も、もうすぐ十七歳。こうして並ぶと、本当にお似合いのおふたりですなぁ」
ひげを撫でながら男性が言うと、辺りからもうなずきや同意の声が聞こえてくる。
ユアンは笑みを浮かべ、イリスは困惑したような顔をしていた。
「おや、イリス王女は照れていらっしゃるようだ。本当に可愛らしい」
そう誰かが言うと、穏やかな笑いに包まれた。
「イリス、せっかくですから庭のお茶会にユアン王子をご案内なさい」
イリスの隣に座る王妃が言った。イリスはうなずき、立ち上がる。若葉色のドレスが揺れた。
「ユアン王子、よろしければ、ご一緒いたしませんか?」
「ぜひご一緒させてください。イリス王女」
ユアンも立ち上がり、イリスに手を差し出す。イリスはその手をとった。
二人が席を立ったあとも、広間のお茶会ではイリスとユアンの話題で持ちきりだった。




