第33話 旅の終わり④
翌日。
宿屋の前には、イリスたちを港まで送る馬車が停まっていた。今回はフレディだけが見送りに来ている。今は王権争いの最中だ。ユアンがそう簡単に城から出られないこともうなずけた。昨日は危険を押して、イリスたちに会いに来てくれたのだ。
ホセはフレディの隣に立ち、軽く手を上げた。
「じゃあな、みんな」
ここで別れれば、なかなか会うこともないのに、まるで『また明日』と言わんばかりの軽さだ。もしユアンの側仕えを続けていれば、いずれまたイリスに会う機会もあるだろう。
カルロスはホセの肩を軽く叩いた。
「元気でな。ユアン王子に迷惑かけるなよ」
「おう。みんなも気をつけて帰れよな」
ホセはいつもの笑顔だ。
カルロスとフィオナは、先に馬車に乗り込む。イリスはフレディに顔を向けた。
「ユアンに『ありがとう』って伝えてください。それから、ホセをよろしくお願いします」
フレディは胸に手を当て、礼をした。
「はい、お任せください。イリス王女殿下」
イリスも馬車に乗ると、ゆっくりと動き出した。イリスたちは馬車からホセに手を振る。ホセは軽く手を振って応えた。馬車が見えなくなるまで見送っていた。
フレディはそんなホセの背に尋ねた。
「寂しいか?」
ホセは腕で顔を擦ったあと、振り返った。
「全然。またいつか会いますから」
ホセはそう言って、笑った。
それから馬車で三日ほど西へいくと、アルド王国屈指の港町キンバリーに辿りついた。ここからは他国へ向かう船も多く、交易の要である。それだけに商人も多く、賑わっていた。町並みは石造りの家が目立つが、ところどころに木造の家もある。風に乗って潮の香りが漂っていた。
港の船着き場へ向かい、ユアンにもらった出港許可証を見せると、担当員が出てきて、丁重にもてなしながらイリスたちが乗る船に案内してくれた。その船は大きく、立派だった。
フィオナはそれを見上げる。
「すごいね」
カルロスは案内してくれた男性に尋ねた。
「ルーベンスへはどのくらいでつく?」
「順調に行けば、三日ほどでしょうか」
カルロスはうなずき、船を見上げた。この船に乗り、航海を終えれば、ルーベンスの首都クルトにある港だ。旅の終わりは目前だ。
案内された船室は、赤い絨毯が敷かれ、家具やベッドも立派なものだ。ここが船の上とは思えない。さすがはユアンが手配しただけある。
フィオナはイリスとカルロスを振り返った。
「なんかさ、こうして三人だけっていうのも久しぶりだね」
カルロスは微笑み、うなずいた。
「ああ。レオーネまでは三人だけだったのにな。なんだか懐かしい気分だ」
「うん。旅の大半は三人だけだった」
イリスたちはソファーに座り、しみじみと旅を思い出していた。
フィオナは小さく笑った。
「ホセに王子様の側仕えなんてできるのかな?」
カルロスは口元に笑みを浮かべた。
「あいつ、要領いいから、今頃、きっと馴染んでいるよ」
「うん。私もホセなら大丈夫だと思う。きっとまた会えるわ」
イリスはホセの人懐っこい笑顔を思い出していた。誰とでもすぐに打ち解けられるような、そんな少年だ。カルロスの言う通り、きっとうまくやるだろう。
汽笛とともにゆっくりと船が動き出し、ボリス海の大きな海原へと航海をはじめた。
イリスたちは窓から外を眺める。港がどんどんと離れ、小さくなっていった。
しばらくしてフィオナに異常が起きた。
「うええ。気持ち悪いよぉ」
フィオナの顔は青ざめている。船酔いだ。ベッドでぐったりと横になり、イリスが心配そうにそばについている。フィオナはうわごとを繰り返していた。
「空飛びたいけど、こんなところで飛んだら注目の的だよ。おばあちゃんに怒られるぅ」
ソファーからその様子を見ていたカルロスは、苦笑を浮かべた。
「最後の最後に災難なやつだな」
カルロスは最初にフィオナと出会ったときのことを思い出していた。
フィオナはいつも人をおちょくるような言動をしていて苦手だった。何を考えているのか全てを話してくれないフィオナに、不信感を抱いたこともある。
けれど、今では誰よりも信頼できる相棒だ。常に冷静で、度胸もある。土壇場では、いつもフィオナは正しかった。そして、意外と仲間思いなところもある。この赤毛の少女は、カルロスに足りない所を補ってくれていたのだ。
――守護者
風の魔女は、フィオナのことをそう言っていた。それはフィオナにぴったりの言葉だ。カルロスはそう思い、フィオナに心の中で感謝した。
船旅は順調に進み、男性の言うように三日でルーベンス王国の首都クルトの港についた。
船を下りたフィオナは、まだ顔色は青いが、生き生きとした顔で腕を空に伸ばしている。
「やっぱり地上はいいね!」
「でも、まだ少し揺れている気がする……」
イリスは苦笑しながら地面を確かめるように歩いていた。
フィオナはイリスとカルロスを笑顔で振り返った。
「あたしは西門から出るよ。カルロスはどうする?」
「俺は知り合いに会ってから、じいさんたちを追うことにする」
それにイリスは尋ねた。
「もしかして、ダニエラとコニー?」
「ああ、そのつもりだ。イリスはどうする?」
「私も一緒に行くわ」
イリスは嬉しそうに微笑んだ。
「じゃあ、ここでお別れだね」
フィオナは赤い髪を潮風に靡かせながら微笑んだ。
イリスはフィオナに抱きついた。
「フィオナぁ」
その声には嗚咽が混じっていた。フィオナはイリスの顔を覗き込む。
「イリスが泣いたら、あたしまで泣きたくなるじゃん。また会いに来るよ」
フィオナの声もわずかに震えていた。フィオナはイリスをぎゅっと抱きしめてから離した。
イリスは涙を拭いながらフィオナを見つめた。
「絶対だよ? 私も会いに行くわ」
フィオナは涙を浮かべながら微笑んだ。それからフィオナはカルロスに手を差し出した。
「楽しかったよ。相棒」
「ああ、俺もだ」
カルロスは力強くフィオナの手を握り、口元に笑みを浮かべた。
フィオナと別れ、お互い別の道をいく。時折、振り返るイリスに対し、フィオナは一切振り返らなかった。赤い髪を揺らし、手には樫の杖を持ち、まっすぐ前を向いていた。




