第32話 旅の終わり③
それから一時間ほどしたのちに、ユアンも到着した。今日は五人の護衛を連れているようだ。扉の外に二人残し、部屋の中には三人が共に入ってきた。
「仰々しくてすまない」
ユアンはそう言って、イリスの向かいにあるソファーに腰かけた。少し疲れた様子のユアンに、イリスは尋ねた。
「なにかあったの?」
それにユアンは少しためらった後、答えた。
「……実は、父上が病に伏せられた」
イリスはそれに目を丸くして驚いた。
「アルド国王陛下が?」
「まだ内密の話なんだ。それで城内が騒がしい」
ユアンの言葉にイリスは、首を横に傾げた。
「王位は、第一王子が継ぐ予定ではなかった?」
イリスの問いで、カルロスたちもユアンの言葉の意味を悟ったようで、表情が強張った。ユアンは額に手を当てた。
「それをよしとしない者もいる。王位継承の順などあってないようなものだ。優秀な者が跡を継ぐべきだと、俺も思う」
「殿下、お言葉はお選びください」
フレディの静かな戒めにユアンは肩をすくめた。
フィオナはためらいもなく尋ねた。
「ユアン王子も王位を継ぎたいの?」
フィオナにとって人間の権力争いというものは理解しがたい問題だった。ユアンは小さく笑みを浮かべた。
「まさか。俺は幼いころよりルーベンスの次期女王の婚約者候補として育てられている。王位を継ぐための教育は受けていない。早々に棄権した」
それにフレディは厳しい顔つきで言った。
「しかし、それを信用しない者もいます。それに王位は無理だと判断し、この混乱に乗じてルーベンス次期女王の婚約者の座を狙おうとする者もいるかもしれません」
ユアンは天井を見上げ、深くため息をついた。
「つくづく嫌になる……」
それでこの護衛というわけだ。部屋にいる護衛たちは、話など聞いていないという素振りで警戒している。
ユアンは茶色い髪を揺らし、膝に肘を置いて身を前に傾けた。
「それで、イリスたちの旅はどうだ? なにか報告があってきたのだろう?」
イリスはそれに微笑んだ。
「荒野の魔女に会って、時を取り戻したよ」
ユアンは固かった表情が少しだけ和らいだ。
「そうか。よくやったな。イリスはこれからどうする?」
「ルーベンスへ戻る。お父様とお母様に会って、それからまたどうするかは決める」
イリスは瞳を伏せるようにして言った。
「なら、ルーベンスへ戻る船を手配しよう。その方が早く着くだろう」
ユアンがそう言って、フレディを振り返ると、フレディは小さくうなずいた。ユアンはイリスに視線を戻した。
「イリスは怒るかもしれないが、ルーベンス国王にお会いしてきた」
ユアンの言葉に、イリスは顔を上げ、不安げな瞳をユアンに向けた。
「イリスのことを大層心配しておられた。イリスは時が止まった原因を探すために旅をしていると話すと、ルーベンス国王はそのことをご存じだった」
イリスは戸惑いを見せながらも答えた。
「旅に出るとき、エイブラハム様に手紙を託してきたから……」
「ルーベンス国王もそんなことを言っていたな。それで俺は『もしイリスの処遇に困っているようなら、アルド王国で面倒をみてもいい』と言った」
フィオナは口笛を吹いた。カルロスは目を大きく見開き、ホセは落ち着かない様子で話を聞いている。イリスは固い表情のまま尋ねた。
「……それで、お父様はなんて?」
「国王陛下は毅然としておっしゃられた。『イリスは私の娘であり、ルーベンスの王女だ。いずれは跡目を継がせるつもりでいる』とな。あと、イリスに会ったら、早く帰ってこいと伝えるように言われた」
イリスは驚いたように目を見開いたあと、口元に手を当てて目を閉じた。涙がぽろぽろと溢れてくる。それをユアンは優しい眼差しで見ていた。
「どうやらイリスを城の奥へ閉じ込めていたのは、お前に危害を加えようとする者から守るためだったようだ」
ユアンの言葉で、イリスは風の魔女のことを思い出した。
『国王と王妃には、イリスを後継ぎにするわけにはいかないと、暗殺を企てている者がいるという噂を聞かせた』と、たしかに言っていた。それを防ぐため、外部と接触をさせないようにしていたのだと、両親の想いがイリスにやっと伝わった。
「お父様、お母様……」
イリスは祖国にいる両親を呼んだ。ずっと会うことが重荷で、怖かった。けれど、今は心の底から会いたいと思う。感謝と、黙って出てきたことを謝りたい。
ユアンは笑みを浮かべて言った。
「叱られはするかもしれないが、お前の戻る場所はたしかにある。よかったな」
その声色には包み込むような優しさがあった。イリスは涙を拭いながら、笑みを浮かべた。
「ありがとう、ユアン」
「俺にできることをしたまでだ」
ユアンは少し照れくさそうに微笑んだ。
フィオナは後ろにいるカルロスをそっと振り返る。カルロスは無表情を貫いていたが、旅を共にしていたフィオナには、カルロスの余裕のない内心が手に取るようにわかった。ほんの少しだけ苦笑いを浮かべる。
ホセがソファーの背に手をつき、身を乗り出した。
「よかったな、イリスちゃん」
ユアンはホセに視線を向けた。
「お前もイリスの仲間か? 前回はいなかったな」
「あ、はじめまして、ユアン王子様。ホセと言います」
ホセは相変わらず軽い調子で自己紹介をした。
「ホセも一緒に北の荒野へ行ったの。これからカレルで仕事を探すんですって」
イリスがそう言うと、ユアンは真剣な瞳でホセをじっと見つめている。
「お前、いくつだ?」
「十六です」
ユアンは立ち上がり、ホセの前に立った。背丈はほぼ一緒だ。
「ホセと言ったか? お前、剣は扱えるか?」
「カルロスほどではありませんが、自分の身を守れるくらいには。弓もイリスちゃんほどじゃないけど扱えます。魔法は使えません。逃げ足なら誰にも負けません!」
ホセは胸を張って言った。カルロスは苦笑したが、ユアンは真剣な表情で何度かうなずいた。それからユアンは、もう一度、ホセを頭からつま先までじっくりと眺めたあと、フレディを見た。フレディはうなずいた。
ユアンはホセの肩に手を置く。
「お前、俺のところへこないか?」
「え? お、オレがですか?」
ホセは目をまん丸くした。ユアンは笑みを浮かべ、ホセの肩を叩いた。
「ああ。ちょうど俺と同じ背恰好のやつを探していた。側仕えだ。時々、俺の代わりに式典や行事に出てくれればいい」
ホセはぴんと背すじを伸ばして即答した。
「やります!」
「お前、死ぬなよ……」
カルロスは不安そうな視線をホセに向けている。ホセは意味がわかっていないようで、ぽかんとカルロスを見た。ユアンはそのやり取りに苦笑を浮かべた。
「心配はいらない。ちゃんと安全は保障するさ」
しばらく話したあと、ユアンたちは帰っていった。
イリスたちは、今回もユアンの好意で宿屋に一泊することとなった。




