第30話 旅の終わり①
「なぁ、みんなは、このあとどうするんだ?」
ホセがそう尋ねると、フィオナは隣で横になっているホセに視線を向けた。
「あたしは迷いの森に帰って、一人前の森の魔女になるための修行に戻るよ。この旅でまだまだ力不足だって思ったから」
「そうか? フィオナ姐さんはすごかったけどなぁ」
「ありがとう、ホセ。でも、ダフネでも風の魔女の塔でも『もっと力があれば』って思った。もう悔しい思いはしたくない」
次はカルロスが天井を見上げながら言った。
「俺もじいさんのところへ戻るよ。今回のことも報告しないとな」
「私も城へ戻る。どうなるかは、わからないけど……」
イリスは不安そうに言った。時が止まってから、イリスはその原因を知るために必死だった。周りから『いかれた姫』と呼ばれ、結局、この噂は風の魔女が流したものだとわかったが、城の中でさえ腫れもののように扱われ、気味悪がられることもあった。それに国王である父の命に背き、庭のお茶会に紛れこみ、なにも言わずに旅に出た。
――もしかしたら、城に私の居場所は、もうないかもしれない。
そんな考えがふとよぎった。それを見越したようにカルロスはイリスに微笑んだ。
「もし城に居づらかったら、エイブラハムの一団にくればいい。きっとみんな歓迎してくれる。遊牧民の生活は気ままだ」
「なに、なに? 俺の嫁にこいって?」
フィオナはにやけた笑みを浮かべている。カルロスは呆れたような瞳をフィオナに向けた。
「変な笑い方するなよ」
「なぁ、イリスちゃんって、もしかしてお姫様なのか?」
ホセが肘をついて体を起こし、イリスを見た。イリスはきょとんとしたあと、はっとしたような顔をした。
「そういえば、ホセには話していなかったね」
「ああ。イリスちゃんがお姫様だってことも、カルロスが遊牧民だってことも、今、知った」
あっけらかんと言うホセに、フィオナは呆れた視線を送る。
「何者かもわからない人たちと、よく旅をしようと思ったね」
「だって、お前らと一緒だったら楽しそうだなって思ったからさ」
ホセはそう言って笑った。
フィオナは大きく目を見開き、それから同じように笑う。
「楽しかったでしょ?」
「ああ。すっごく楽しかったな」
ホセの表情は満足そうだ。イリス、カルロス、フィオナも嬉しそうに笑った。
カルロスはホセに顔を向ける。
「そういうホセは、このあとどうするんだ? レオーネに戻るのか?」
「いや、オレはカレルに行こうと思っている。仕事もそっちの方が多そうだ」
「……仕事は多いが、衛兵も多いぞ」
カルロスが顔を曇らせて言うと、ホセは手を振った。
「いや、いや。そっちの稼業からは、もう足を洗うよ。そろそろ真っ当な仕事に就こうと思っていた頃だし、ちょうどいいや。みんなもカレルの近くを通るだろう?」
「ああ。俺たちもカレルには寄る予定だ」
「そうね、ユアンにもお礼を言わないと」
イリスの言葉に、ホセはむくりと起き上がる。その顔は訝しげだ。
「ユアンって、まさか第二王子のユアン・オールディスじゃないよな?」
カルロスはうなずいた。
「ああ、そのまさかだ」
「なんだって?」
ホセは驚きのあまり叫び、飛び上がった。その勢いで、ホセの隣にいるカルロスの毛布も捲れてしまった。カルロスは迷惑そうに顔を歪める。
「寒いから早く戻れ。イリスがお姫様なのには驚かなくて、ユアン王子には驚くんだな」
「オレはアルド国民だぜ? ユアン王子って聞いて、驚かずにいられるか。ユアン王子とどうやって知り合ったんだ?」
「ユアン王子はイリスの婚約者候補なんだよ」
フィオナが答えた。ホセはまた飛び起きる。カルロスはまた迷惑そうな顔で毛布を引き寄せた。その顔は先程よりも不機嫌そうだ。
ホセはそんなカルロスに視線を向けた。
「じゃあ、カルロスの恋敵は、あのユアン王子ってことか? 哀れだ……」
フィオナは何度かうなずいた。
「そうなんだよ。敵わぬ恋に身を焦がしている哀れな少年なんだよ」
「ユアン王子っていやぁ、勇敢で頭もいいって聞くし、なによりも容姿がいいって聞くぜ?」
「うん、自信に満ちあふれた好青年だったよ。国民にまで人気が高いだなんて……。哀れだね」
フィオナはカルロスを見た。その黄金の瞳は憐みに満ちている。
「人をそんな目で見るなよ……」
カルロスは機嫌が悪そうにそっぽを向いて、毛布に頭まですっぽりと包まった。ホセは毛布の上から励ますようにカルロスの背を軽く叩いた。
「まぁ、ユアン王子に負けないようにがんばれって。な?」
「……うるさい」
フィオナはホセを責めるような目で見た。
「ホセがいじめるからカルロスがいじけちゃったよ」
「悪かったって。毛布から出てこいよ」
フィオナとホセの声が毛布の外から聞こえ、カルロスは小さく笑った。
しばらくしてイリスの寝息が聞こえはじめた。
「んー。おばあちゃん、わかっているから、そんな大声ださないで……」
フィオナの寝言も聞こえる。うなされているようで眉を顰めながら寝返りを打った。カルロスも寝たようで、先程からうんともすんとも言わない。
唯一起きているホセは、腕を組んで天井を見上げていた。
「……なんか、大事なことを忘れているような気がするんだよなぁ」
ホセはそうぽつりと呟いた。




