表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
時の守人~時に翻弄された王女イリスは諦めない~  作者: 冬木ゆあ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
29/67

第29話 荒野の魔女③

 イリスは藤紫の瞳を見つめ、うなずいた。


「……いいわ」

「おい、大丈夫なのか?」


 カルロスは眉を顰め、尋ねた。イリスは振り返り、うなずいたその顔に迷いはない。カルロスは口をつぐみ、イリスを信じることにした。

 イリスは風の魔女に向き直った。


「私はこの旅をはじめたとき、自分は正しいのだと証明したかった。誰も私のことを信じてくれなかったから」


 イリスは瞳を閉じた。カルロスと旅をはじめてから、たくさんの人に出会った。ときには悪意もあったが、好意もたくさんもらった。たくさんのものを見た。たくさんのことを聞いた。そして、たくさんのことを聞かれ、その度にたくさん考えた。


「風の魔女の言葉を聞いて、やっとわかった。たしかに、魔女に比べたら、人の命は短いのかもしれない。あなたから見たら、それはかわいそうなのかもしれない」


 イリスは薄い茶色の瞳をゆっくりと開いた。


「いずれ老いて死んでいく。けれど、その度に人は命の尊さを知る。そして、新しい命には、輝く未来を見る。時を止めるということは、そのすべてを奪ってしまうことなんだ」


 風の魔女の腕で眠っていた黒猫が顔を上げ、赤と青のオッドアイをイリスに向けた。イリスは両手を広げた。


「おいで。一緒に生きていこう」


 黒猫は風の魔女の腕から飛び降り、イリスの胸に飛び込んだ。それと同時に、足元から風が吹き上げた。イリスはたまらず目を固く瞑った。

 次第に風が止み、瞳をゆっくりと開くと、そこは真っ暗な空間だった。風の魔女の姿だけでなく、カルロス、フィオナ、ホセの姿もそこにはない。イリスだけがそこにいた。

 辺りには歪んだ時計の文字盤が、いくつも浮かんでいる。イリスの腕の中にいる黒猫が胸元にすり寄った。イリスは黒猫に頬を寄せる。


「おかえり」


 イリスの頬に涙がこぼれた。


「どうやら、あなたの勝ちのようね。さようなら、イリス。またどこかで会いましょう」


 どこからか風の魔女の声がして、鈴を転がすような笑い声が、次第に小さくなって消えた。

 気づけば、イリスは荒野の真ん中に立っていた。そばにはカルロス、フィオナ、ホセの姿もある。カルロスは空を見上げ、フィオナは遠くを見つめ、ホセは地面を確かめるように何度も地面を踏んでいる。

 イリスが胸に抱いていた黒猫は、もういない。代わりにイリスの手の中にあるのは、黒猫がつけていた赤いリボンがついた古い懐中時計だった。金色で、繊細な細工が施されている。イリスがその懐中時計のふたを開けると、きちんと時が刻まれていた。

 イリスは瞳を閉じ、大きく空気を吸った。止まっていた時が動き出している。それをたしかに感じた。

 カルロスがイリスのそばに寄った。


「イリス?」


 イリスは涙を流しながら微笑んだ。


「時が動き出したよ」


 イリスの言葉を聞いて、カルロスは緑の瞳を閉じた。冷たい風が頬を撫でるだけで何も感じない。だが、イリスが言うのだ。カルロスにはそれで十分だった。緑の瞳を細めて微笑んだ。

 ホセは辺りを見回した。


「風の魔女と塔は、どこへ行ったんだ?」


 イリスたちの馬車はそばにある。ここは間違いなく塔があった場所だ。ぽっかりと空いた大穴も塔もどこにも見当たらない。


「イリスが時を止める魔法を解いたから、きっと別の場所へ行ったんだよ。風の魔女は、自由な魔女だから」

「イリスはどうやって魔法を解いたんだ?」


 カルロスはそう尋ねた。ずっとそばで見ていたが、イリスはただ黒猫を呼んだだけのように見えた。そして、突然、目の前が暗くなったかと思えば、次の瞬間には、荒野に立っていた。


「あの黒猫が『時』だったのだと思う。風の魔女は、この懐中時計に人の時を閉じ込めていたのよ」


 フィオナは感心したようにイリスを見た。


「よくそこまで見抜けたね。いつから気づいていたの?」

「黒猫を見たときに、懐かしい気がした。間違いないと確信したのは、黒猫の瞳を見たとき」

「さすがは時の守人、イリスちゃんだな」


 ホセは頭のうしろで腕を組み、満面の笑みを浮かべた。

 カルロスは荒野を振り返る。


「さて、と。ルーベンスへ帰るか」


 イリスは微笑み、うなずいた。


 その日は、日が暮れる前にテントを張った。

 夜空に星が散らばる頃には、狭いテントに身を寄せ合い、毛布に包まって横になった。

 フィオナはテントの天井を見上げ、ぽつりと言った。


「あたしたちの旅は終わったんだね」

「あんまり実感ないけどなぁ」


 ホセも頭の下で手を組み、テントの天井を眺めている。カルロスも同じように天井に視線を向けていた。


「風の魔女は、また時を止めようとするんだろうか……」

「どうだろうね。でも、すぐには無理だよ」


 フィオナはそう答えた。


「どうして?」


 イリスは寝返りを打ち、フィオナの方を向いた。フィオナはイリスに顔を向ける。


「時を操るには、膨大な魔力がいるんだよ。それにたくさんの条件が必要なんだ」

「条件?」

「そう。詳しいことは、あたしもわからないけど、おばあちゃんなら知っているかも。戻ったら、聞いてみるよ」


 イリスはうなずいた。そして、風の魔女のことを思い出していた。愛する人たちと一緒にいたい。そのためだけに、人の時を止めた風の魔女。今はどこにいるかもわからない風の魔女に、想いを馳せた。

 フィオナはイリスの腕を指でつついた。


「風の魔女のことを気にしている?」


 イリスは小さく微笑んだ。


「ちょっとだけ。これでよかったのかなって……」


 それにホセが言った。


「イリスちゃんが気にすることじゃねぇよ。風の魔女には、風の魔女の考えがあって、イリスちゃんには、イリスちゃんの考えがあった。そして、時が選んだのは、そんなイリスちゃんだった。それに、いくら事情があったからといって、人類全ての未来を奪う権利なんてないだろう? オレもイリスちゃんの信念を支持するぜ!」

「へぇ。ホセ、いいこと言うじゃん」


 フィオナが感心したように言うと、ホセは笑った。


「まぁ、オレは賢者だからな」

「ああ、風の魔女が言っていたことか。まぁ、ホセの機転で切り抜けられたときもあったしな……」

「ダフネではホセがいなきゃ助からなかったかもしれないし。でも、なんでだろう……」


 カルロスとフィオナがちらりとお互いの顔を見た。


「認めたくない」

「信じたくないよな」


 ほぼ同時に言ったフィオナとカルロスは、思わず声を上げて笑った。ホセは勢いよく起き上がった。


「なんでだよ!」


 イリスはくすくすとおかしそうに笑っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
おもしろい! とっても不思議なお話しでとても引き込まれます。 時が動き出したんですねー。 > 38話以降は新規エピソードとなります。 ということは、まだまだ旧作の部分なんですね。 帰路、そして今…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ