第27話 荒野の魔女①
「なぁんもねぇな」
ホセが馬の手綱を握り、つまらなそうにしている。
ダフネを出てから三日が経つが、荒野の景色は変わらない。細身の男性の言う通りであれば、そろそろ塔が見えてもおかしくない。
ホセは独り言のように呟き続けている。
「三日って歩いて三日か? それとも馬車で三日か? それとも馬を飛ばしてか?」
「さぁな。あの男が嘘を言ったのかもしれないし、そもそもあの男が持っていた情報が嘘だったのかもしれない」
カルロスは馬車の荷台で剣を腕に抱いて座っている。その隣にはイリス、その正面にはフィオナがいて、それぞれ毛布で身を包んでいた。
ホセは吐き捨てるように言った。
「嘘だったら、とっちめてやらぁ」
それにカルロスは呆れた顔をした。
「戻ってみろ。あの男を見つける前に、ダフネのやつらに八つ裂きにされるぞ」
「言えてらぁ」
ホセは笑い、荷台を振り返った。
「フィオナ姐さん、ちょっと空飛んで、様子を見てきてくれよ」
「何もないって。塔って言っていたじゃん。ここから見えなきゃ、まだまだ先だよ」
そう言いながらもフィオナはほうきにまたがり、急上昇し、北を眺めた。黄金の瞳を大きく開き、声を上げた。
「お、おお?」
「なにか見えたか?」
カルロスはフィオナを見上げ、そう尋ねた。フィオナは荷台に降り立つと、興奮したように大きな身振り手振りで話した。
「この先にこんな大きな穴があって、そこになにか建っているよ!」
「塔か?」
カルロスが尋ねた。
「それはわかんない」
フィオナの答えにイリスはほんの少しだけ落胆した。しかし、この先になにかあることはわかった。それだけでも大きな収穫だ。
それから二時間ほど経って、フィオナの言っていた大きな穴の前に立った。その穴はとても大きく、深い。半球を描くように傾斜がついている。その中にすっぽりと収まるように高い塔が建っていて、それは穴から一階分ほど頭を出していた。
イリスは穴を覗き込む。
「これが荒野の魔女が住む塔?」
「行ってみればわかるさ」
カルロスもイリスの隣で穴を覗いている。少しだけ腰が引けていた。
フィオナはそんな二人のうしろに立ち、頭のうしろで手を組んでいる。
「でも、どうやって塔に入るのさ?」
「この穴を降りるの?」
イリスは降りられそうな場所があるか探したが、なさそうだ。
カルロスは難しい顔で答えた。
「この穴を降りるのは無理だろう」
「だよなぁ。転がり落ちちまう」
ホセは荷物を背負い、フィオナの隣に立った。
イリスが頭を出している部分に顔を向け、指差した。
「ねぇ、あそこ。ドアがある」
「本当だ。けど、あんなところにあったら、空を飛ばなきゃいけないよ」
そう言ったフィオナに視線が集まる。フィオナの口元は引きつり、首を横に大きく振った。
「やだ、やだよ! ドアを開けたらなにがあるかわかないのに、ひとりで行くなんて!」
それにカルロスは真剣なまなざしを向けた。
「あのドアから入れるのか見てきてくれればいい」
「フィオナ姐さんなら大丈夫だって!」
ホセの乗せるような言葉にフィオナは言葉を詰まらせる。さらに追い打ちをかけるように、イリスがフィオナの袖を掴んだ。
「お願い、フィオナ」
イリスの薄い茶色の瞳で見つめられて、フィオナはしぶしぶとうなずいた。ドアの前まで空を飛んでいく。深呼吸をしてからドアノブに触れるため少しだけ高度を下げたとき、首を横に傾げた。
「……ん? 何か足に当たった」
フィオナは足でそれを確認する。最初はちょんちょんと右足のつま先だけで触れ、そのあと右足をついてみた。そこに見えない床のようなものを感じ、おそるおそるそこに立つ。
ホセは目をまん丸くしてフィオナを見ている。
「フィオナ姐さん、すごいな! ほうきを使わなくても飛べるのか?」
フィオナは振り返った。
「ここになにかあるんだ。見えないけど、床みたいなのが」
フィオナはその場に膝をつき、手で幅を確かめた。人がひとり歩けるくらいの幅があるようだ。慎重にイリスたちの方へ歩いて戻ってくる。その見えない橋は、ドアと崖とを繋ぐように伸びていた。
ホセもフィオナが歩いてきた橋を手で確認する。
「本当だ。フィオナ姐さんの言う通り、なにかあるぜ。どうなってんだ?」
「よかった。これでドアまで行けるね」
イリスが嬉々として言う横で、カルロスは顔を青くしていた。
ホセとフィオナが先に橋を渡りはじめる。まるで宙を歩いているようだ。穴の底がよく見える。
イリスはカルロスの手を引いた。
「私たちも行こう」
「死の谷の吊り橋の方が、まだましだ……」
カルロスはそうぽつりと呟き、覚悟を決めて歩き出した。
一番前にいるホセは振り返った。
「開けるぜ?」
イリスたちがうなずくのを見て、ホセはゆっくりとドアを開けた。
塔の中は薄暗く、螺旋階段が壁に沿うように、下に向かってずっと続いている。明かりは一定間隔に壁につけられたランプだけだ。
フィオナは嫌そうな顔を浮かべた。
「うえー。一番下が見えないよ。どこまで続いているんだろう……」
塔の中に入ると、ドアはひとりでに閉まった。
延々と続くような螺旋階段を降りていく。
――この先に、荒野の魔女がいるのだろうか。
期待と不安が胸をよぎり、イリスは隣にいるカルロスの腕を掴んだ。その手は小さく震えている。そんなイリスの手にカルロスは自身の手を添えた。
「大丈夫だ。俺たちがついている」
先を歩いているフィオナは、ホセにこそっと言った。
「なにやらうしろでイチャついているよ」
「そうだね、姐さん。オレたちもイチャついとくか?」
「遠慮しておくよ」
カルロスはフィオナとホセに呆れた視線を送った。
「お前ら、無駄口叩いてないで、さくさく降りろ」
イリスはくすっと小さく笑った。
――そうだ、ひとりじゃない。
イリスはそう思い直し、カルロスを見上げる。緑の瞳が優しく微笑んでいた。
どのくらい階段を降りただろう。日の光が入らないこの塔の中では、どのくらいの時間が過ぎたのかわからない。
やっと辿りついた階段の終わりには、木でできた扉があった。その周りに壁はない。
イリスは覚悟を決めて、ドアノブを回した。白い光があふれ、眩しそうに瞳を細めた。




