第26話 ダフネの街③
その時、遠くから男性の怒号が聞こえた。
「止まれ!」
「止まれって言われて、止まるかよ、っと」
ホセの飄々とした声も聞こえた。ガラガラと重いものが石畳の上を転がるような音もする。
ホセが叫んだ。
「轢かれたくなかったら、そこどきな!」
その声に男性たちはどうしようもなく道を開けた。
ホセはどこで手に入れたのか槍を手にして馬に乗り、その馬に木製の荷台を引かせ、全速力で人垣の中に飛び込んできた。何人かの男性が荷台にしがみついているが、振り落とされていく。
「みんな、飛び乗れ!」
フィオナはほうきをとりだし、ふわりと頭上高く飛び上がる。男性たちを牽制するように風の魔法を強くした。男性たちは吹き飛ばされないようにするので精一杯だ。
荷台に飛び乗ったイリスとカルロスは、振り落とされないように、しっかりとしがみついている。揺れる荷台には他に二人の男性がいた。その二人も振り落とされないようにするのに必死で動けないようだ。
ホセは空を飛ぶフィオナを見上げた。
「フィオナ姐さん、門を吹き飛ばせるか?」
フィオナは勝気な笑みを浮かべた。
「もちろん! あたしにできないことなんてないんだから!」
フィオナは杖の先を門へ向けた。
「我らを阻むものを突き破れ! 炎の龍!」
フィオナの杖から再び炎の龍が飛び出し、門に向っていく。門は大破し、火を燻ぶらせながら、木片は勢いよく飛び散った。
ホセの操る馬車は、勢いを弱めることなくダフネを飛び出した。どんどんと街の姿が遠くなっていく。追ってくる男性たちの姿はもうない。
最初は小さかった笑い声が、次第に大きな笑い声に変わった。
フィオナはイリスを振り返った。
「絶体絶命って、きっとああいうことを言うんだろうね!」
「怖かった……」
イリスはほっとした顔で荷台にしがみついている。カルロスもイリスが落ちないように支えながら荷台にしがみついていた。
「ホセ、お前、すごいな!」
「オレだってやるときはやるんだよ!」
ホセは興奮しているようで、大声で言った。
馬車は少しずつスピードを緩めて止まった。カルロスは剣を、フィオナは杖を構え、荷台に乗っていた男性二人を馬車から降ろした。男性たちは大人しく従い、地面の上に座った。
カルロスは顔に傷のあるひとりの男性に剣先を近づけた。
「荒野の魔女はどこだ?」
「なにも知らねぇよ」
顔に傷のある男性はふいと顔を背けた。カルロスは重いため息をついた。
「知らないのならしかたない。こっちの男から殺そう」
そう言って、もうひとりの細身の男性に剣先を向けると、その男性は短く「ひっ」と悲鳴を上げた。
「い、言っちまおうぜ。おれ、死にたくない……」
細身の男性は怯えた声で言った。それに顔に傷のある男性は顔をしかめ、怒鳴った。
「バカ野郎!」
「知っているんだな?」
カルロスが剣先を更に近づけると、細身の男性は強張った顔で剣先を見つめ、喚くように言った。
「ここから北に三日だ! そこに塔があると街長が言っていた!」
顔に傷のある男性は舌打ちをした。
カルロスは剣を下ろし、鞘に戻した。
「もう行っていい」
細身の男性は脱兎のごとく逃げ出し、顔に傷のある男性も街に向かってゆっくりと歩き出した。
気づけば、夜が明けていた。フィオナは眠そうにあくびした。
「はあ。結局、休めなかったね」
「ああ、その上、なにも買えなかった。だが、馬車が手に入ったのは、大きいな」
カルロスが馬車を見ると、ホセは笑みを浮かべた。
「それだけじゃないぜ」
ホセが荷台の片隅に布と縄で固定していたものを解いた。そこにあったのは、毛布、水樽、食糧、焚き木だ。カルロスは丸くした目をホセに向けた。
「お前、いつの間に……」
ホセは得意げに話す。
「逃げる方法を確保しようと思って、追手を撒いて横道に入ったんだ。オレ、そういうのは得意だからさ。そしたら、運よく馬車を見つけて、ついでに色々拾ってきた。これで当分は大丈夫だろう?」
「さすが、ホセだな」
カルロスは感心している。これで当分は凌げそうだ。
男性の言うことが本当であれば、あと三日で荒野の魔女のもとに辿りつける。
イリスはぽつりと言った。
「時の守人……」
荒野の魔女に害をなす、時の守人。老人は、それがイリスだと言っていた。
カルロスがそっとイリスの肩に手を置くと、イリスはそっと瞳を閉じた。
――全ては荒野の魔女が知っている。今はそう断言できる。
イリスは瞳を開き、北を力強く見据えた。
「行こう。荒野の魔女のもとへ」




