第25話 ダフネの街②
暖かい食事を食べ、暖かい風呂にも入った。寝巻きを借りて眠る頃には、緊張もほぐれていた。
フィオナはベッドに突っ伏している。
「こういうのをきっと幸せって言うんだろうね」
イリスはベッドで丸くなり、気持ちよさそうに寝息を立てている。
カルロスとホセは、ソファーでトランプを楽しんでいた。
全員がベッドに入って、一時間ほど経った頃。
「カルロス、起きているか?」
「ああ」
ホセとカルロスは声を潜めて言葉を交わす。
ホセは忍び足で窓のそばに寄ると、外には炎がいくつも揺らいでいた。
カルロスがフィオナを揺すって起こすと、不機嫌そうな声を上げながら起き上がった。
「なに? こんな時間に……」
同じくカルロスに起こされたイリスも、眠そうに目を擦りながら起き上がる。
ホセはイリスのそばへ寄った。
「街中の男たちが集まっているみたいだぜ」
それを聞いたイリスとフィオナの顔は一気に引き締まった。
フィオナは手をかざし、樫の杖を握った。
「やっぱり物盗り目的?」
「物だといいけどな。全員、武器を持っているぜ」
イリスはフィオナのそばに寄り、ぎゅっと腕を掴んだ。フィオナもイリスの手に自分の手を重ねる。
「どうする?」
フィオナの問いに答えたのは、カルロスだった。
「戦うしかないだろうな。フィオナ、眠らせる魔法を使えるか?」
フィオナは困惑した顔で首を横に振った。
「あれは森の魔法だから、森の加護がないこんな渇いた土地じゃ、たいした効果は期待できない」
「それでもいい。この宿から逃げる隙を作りたい」
「わかった。隙くらいなら作れる」
フィオナは立ち上がり、イリスに顔を向けた。
「イリスはあたしたちのあとについてきて。大丈夫。あたしたちが守るから」
それにイリスは威勢よく言った。
「私も戦う!」
「相手は人だ。人相手に弓を引けるのか?」
カルロスは諭すように言ったが、それでもイリスの瞳に迷いはない。
「守られているだけなんていや。さらわれたあの日に決めたの。もうカルロスだけに、重荷は背負わせない」
カルロスはそれに戸惑うような表情を浮かべた。幼い頃の儚い少女の面影は、今のイリスにはもうない。ルーベンス王国でうつむいていた少女でもなかった。イリスはこの旅で格段に強くなっている。そう感じながらも、戦わせたくないと思う気持ちに変わりはなく、揺れている。
そんなカルロスの横で、フィオナはうなずいた。
「わかったよ、イリス」
カルロスは責めるような視線をフィオナに向けた。フィオナも黄金の瞳をカルロスに向ける。
「イリスはなにもできない子供? 違うでしょう。戦う力がある。戦う意志がある。それを無視することはイリスのため? カルロスのためじゃないの?」
カルロスはなにも言えずに、フィオナをじっと見た。フィオナは続けた。
「カルロスがイリスを大切にしていることは、わかっている。あたしだってそうだよ。だけど、イリスは時が止まったことに気づき、周りになにを言われてもその原因を探し続け、ここまで来た強い子じゃない。あたしたちは、もっとイリスを信じるべきだよ」
「お願い、カルロス。私にも戦わせて」
イリスは懇願するように言った。
カルロスは一度瞳を閉じた。イリスは弱く、守るべき対象だと思っていた。しかし、それは違うのだと、今、思い知らされた。
「……フィオナの言う通りだな。わかった」
再び開いたカルロスの緑の瞳は、力強くイリスを見ていた。
フィオナはイリス、カルロス、ホセと順に視線を合わせた。
「あたしが合図したら、カルロスを先頭にイリスとホセも脱出して」
イリス、カルロス、ホセはうなずいた。それを確認したフィオナは、そっと窓辺に寄り、外を窺った。揺れる松明の炎に照らされ、宿屋を取り囲む男性たちは、なにかを待っているかのようにじっと宿屋を見張っている。
フィオナは窓を少しだけそっと開けた。
「眠りの霧」
小声で呟き、手のひらを上にしてふっと息を吹きかけると、薄い霧が辺りに立ちこめた。急に辺りを包んだ霧に、集まった男性たちは驚くような声を上げ、何人かが倒れた。
男性たちは何が起きているのかわからない恐怖に、怯えたようにざわめいた。
フィオナは勢いよく窓を開け放ち、杖を外へ向けた。
「炎の龍!」
杖の先から炎が吹き出し、大きな龍の姿になった。炎の龍は暴れながら、人々を蹴散らしていく。男性たちの切り裂くような叫び声が辺りを包んだ。
フィオナは室内を振り返った。
「今だよ!」
窓からカルロス、イリス、ホセが飛び出し、フィオナも続いて飛び出した。フィオナは杖を構えながらイリスたちのあとを追う。
炎の龍の出現に散り散りになっていた男性のひとりが、逃げたイリスたちに気づいて叫んだ。
「逃がすな!」
フィオナは逃げながらも器用に炎の龍を操り、男性たちを近寄らせない。
イリスは黄金の弓を、カルロスは剣を手にしている。ホセは荷物を背負って逃げていた。目指すは外壁の門だ。
しかし、地の利は男性たちにあった。先回りをし、挟むようにイリスたちの前に立ち塞がった。背後には追ってきた男性たちが追いつき、イリスたちを取り囲んでいる。
カルロスは辺りを睨む。
「俺たちを襲う理由はなんだ?」
男性たちの中から、ひとりの老人が歩み出た。腰が曲がり、足が悪いのか引きずっている。
「荒野の魔女様に害をなす者は、ここで排除する」
そうはっきりと言った老人に、イリスは目を見張った。
「私たちはただ荒野の魔女に会いに来ただけ」
老人はイリスに視線を向けた。
「お前が時の守人か……」
「時の守人……?」
イリスが戸惑うように老人を見た。
「時の守人は、いずれ荒野の魔女様の邪魔をしに来ると、あの方は怯えていた」
「どうしてこの街の人たちが、私たちを襲うの? 荒野の魔女とはどういう関係?」
「荒野の魔女様は、行き場を失った我らに街を与え、生きる希望を与えてくださったお方。我らがあのお方を守るのは当然のこと」
老人が隣にいる男性に目配せすると、男性たちがじりじりと包囲網を狭めていく。
カルロスは剣を構えた。
「話合いは難しいみたいだな」
「やるしかないね」
フィオナも杖を構える。
イリスが黄金の弓を引くと、黄金の矢が現われ、狙いを定めた。
「いこう」
イリスは黄金の矢を放った。その矢は風を切るように飛び、ひとりの男性の肩に当たった。カルロスは駆け出し、男性たちの剣戟を掻い潜り、隙をついて斬り伏せていく。フィオナは杖を構え、深く息を吸った。
「風よ、天高く吹き上がれ!」
杖の先から風が起こった。それは勢いよく成長し、男性たちを撒き上げていく。
イリスたちの猛攻に、男性たちは怯んだようにその場に立ちつくした。
「荒野の魔女様以外に魔法を使えるやつがいたとは……!」
「怯むな! 相手はたったの三人だぞ!」
フィオナは目だけで振り返り、尋ねた。
「そういえば、ホセは?」
「どこかではぐれちゃったのかな?」
イリスが不安そうに言うと、カルロスは呆れた顔をした。
「あいつのことだから逃げたんじゃないか?」
カルロスはそう言いながらも、辺りを見回してホセの姿を探している。
多勢に無勢で次第に包囲網は縮まっていく。イリスたちの顔には、疲れが見えはじめていた。
カルロスは男性の剣を受けながら言った。
「まずは、どうやってここから抜け出すか、だな」
フィオナは杖を振り、風を操りながらカルロスに目を向けた。
「数が多すぎる。逃げ切れないよ」
「でも、このままでは、私たちが捕まるのも時間の問題よ」
イリスは焦りを見せた。




