第24話 ダフネの街①
イリスたちは黙々と荒野を歩いていた。
陽が落ちると、より寒さを増す。吹きすさぶ風は肌を刺すような冷たさだ。焚き木になる枝などなく、しかたなく古着を燃やし、暖をとった。身を寄せ合うようにして火の回りを囲い、干し肉を分けあって食べた。
眠るときはテントを張った。風を防ぐことはできたが、寒さはどうしようもない。テントでも身を寄せ合い、毛布にくるまってなんとか眠りについた。
翌日も荒野を歩いた。
景色は変わらず、生き物の気配もなく、水も見当たらない。手持ちの水は底を尽きかけていた。
誰ともなく地面に座り込み、ホセはぽつりと言った。
「こんなところに人なんか住んでいるもんか……」
誰もなにも答えなかった。今、口を開けば、弱音だけが零れてしまいそうだ。
カルロスは天を見上げ、フィオナは地面に手をつき、イリスは呆然と座っていた。
ホセはまた口を開いた。
「いったん戻った方がいい」
それにカルロスは首を横に振った。
「吊り橋がないんだ。戻れない」
「せめて水が欲しいね」
フィオナが渇いた唇を舐めた。
水の残りが少ない。寒くて睡眠もままならない。体力は限界に近づいていた。
なんでもいい。荒地ではないものを見つけたかった。イリスは唇を噛み、辺りを目を凝らして見回す。北西の方向になにか立っているのを見つけ、それを指さした。
「ねぇ、なにか見える」
イリスが指さす方向を、カルロスも見た。
「なんだ? あれ……」
ホセとフィオナも疲れた顔を上げた。
イリスの見つけたものに近づくと、それは木でできた看板だった。
フィオナはその看板を前にして尋ねた。
「ねぇ、なんて書いてあるの?」
「文字は苦手だ」
カルロスは難しい顔で看板を見ていた。ホセもぽかんとした表情で見ている。
イリスはフィオナとカルロスの間から顔を覗かせた。
「『最果ての街、ダフネ。暖かい食事、宿あります。ここから北東へ半日ほど』って書いてある……!」
それを聞いたカルロスは、表情を明るくさせた。
「街があるのか!」
「助かったね!」
フィオナも嬉しそうな顔で看板を見ている。
イリスは三人に顔を向けた。
「行ってみよう!」
カルロス、フィオナ、ホセが力強くうなずいた。
看板の通りに北東へ進み、しばらくすると、遠くに街影が見え、日が暮れるころには街に辿り着いた。
イリスは街の外壁を見上げる。石を積み重ねてできたそれは、立派なものだ。街もそれなりに大きい。荒野に似つかわしくないものがそこにあった。
ここまできてフィオナは不安そうに尋ねた。
「……どうする?」
「怪しくねぇか?」
そう言うのはホセだ。カルロスもうなずいた。
「俺もそう思う。だが、水ももう尽きるし、必要なものも買い足したい」
フィオナはそれにうなずいた。
「それに体を休めなくちゃ。行きつく先は、生き倒れだよ」
「そうだけどよう……」
ホセはまだ不安げに外壁を見上げている。
イリスは首を横に傾げた。
「どんな人が住んでいるのかしら?」
「国を追われた罪人とか?」
ホセはそう尋ね返した。
イリスは少し考えるように頬に手を当てた。
「この街に、荒野の魔女が住んでいるってことはない?」
フィオナは首を横に振った。
「それはないよ。人と魔女とでは生きる時間の長さが違う。一緒には暮らせない」
以前、フィオナがイリスの数倍は生きていると言ったことを、イリスは思い出した。自分とそう変わらない年齢に見えるのに。
フィオナは外壁を見上げた。
「でも、もしかしたら荒野の魔女について、知っている人がいるかもしれない」
「行ってみる価値はあるってことだな」
ホセは覚悟を決めたように言った。
街への入り口を探し、外壁の周りを歩いた。しばらくすると門が見えてきたが、固く閉ざされていた。カルロスは試しにノックしてみるが、返事はない。
ホセは大声で叫んだ。
「誰かいませんかー?」
「おや。人が尋ねてくるとは珍しい。旅人か?」
外壁の上から声が降ってきた。見張り台から男性が顔を出している。
カルロスは外壁を見上げ、叫んだ。
「看板を見てきた。中に入れるか?」
「ああ。そこで待っていな」
男性はそう言うと、見張り台の中へ引っ込んだ。
重い音を立てながら門が開き、そこには厚着をした人たちが十数人集まっていた。
「ようこそ。最果ての街、ダフネへ!」
「疲れただろう。中へお入り」
笑顔を浮かべた住人たちが、イリスたちを取り囲んだ。予想外の大歓迎ぶりに驚きながら、促されるまま街の中へ入った。背後で重い音を立て、門はまた閉じた。
「宿屋はこっちだよ」
ひとりの男性がイリスたちを案内するように歩き出すと、人垣が割れた。その先には、石畳の町並みが広がり、ここが荒野のど真ん中であるとは思えない景色が広がっている。
一軒の立派な宿屋に案内され、部屋も豪勢なものだ。ふかふかのベッドが横一列に四つ、暖炉があり、その前にゆったりとしたソファーが置かれている。
カルロスが困惑した顔で店主の男性を見た。
「あまり所持金はないんだ」
「金なんていいよ。旅人のために建てた宿だ。なんなら街の子供たちに旅の話などしてやってくれ。食事と風呂を用意しよう」
男性はそう言って、部屋をあとにした。部屋の扉が音を立てて閉じた。
ホセは引きつった顔をカルロスに向けた。
「怪しいどころの話じゃないぜ! 荒野のど真ん中にある街、盛大な歓迎、宿はタダときた! タダだぜ? タダ! この世で、この言葉以上に恐ろしいものはない! オレでも客寄せで言ったことないぜ!」
カルロスは苦笑を浮かべながら、ソファーの前に敷かれた深紅の絨毯の上に胡坐をかいて座り、顎に手を当てた。
「たしかにきな臭いな」
「ホセみたいに、あたしたちのお金を盗むつもりかな?」
フィオナはソファーに座り、不安げにカルロスを見た。カルロスは腕を組み、首を横に傾げる。
「そうは思えない。レオーネに住むホセでさえ、この街の存在を知らなかったんだ。他の街と交流がないのなら、旅人から金を盗ったところでなにに使う? それに旅人の所持金なんて底が知れている」
「それもそうか……」
フィオナはソファーに背を預け、天井を見た。そこには豪奢なシャンデリアが飾られている。それをじっと見ながら呟いた。
「いったい、どこから持ってきたんだろう……」
「シャンデリアだけじゃない。家具や家を建てる材料だって、あの吊り橋では運ぶのは無理だと思う」
イリスがフィオナの隣に腰を下ろし、ホセはカルロスの隣に座り、うなずいた。
「こんな荒野じゃ、手に入らないよなぁ」
重い空気の中、しばらく沈黙が続いた。
カルロスはそれを晴らすように、軽く手を叩いた。
「今は門も閉まっている。警戒は怠らずに、ひとり行動は控えよう」
イリス、フィオナ、ホセはうなずいた。




