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時の守人~時に翻弄された王女イリスは諦めない~  作者: 冬木ゆあ


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第21話 嘘つき少年④

 ホセはイリスたちを眺めながら尋ねた。


「それで、お兄さんたちはどこへ向かっているんだ?」


 カルロスは腕を組み、答えた。


「北の荒野へ行こうと思っている」

「そういや、逃げているんだっけ?」

「なんだって?」


 カルロスが驚いたように尋ね返した。それに驚いたのがホセだ。


「廊下で言っていたじゃないか」


 カルロスは首を横に傾げたが、思いたしたように「ああ」と言った。


「俺たちは逃げているわけじゃない」


 フィオナはにやにやしながら口元に手を当て、からかうように言った。


「でもさ、カルロスがイリスをさらったと思われているかもよ?」


 カルロスがそれに目を丸くした。


「は、はぁ?」

「もうルーベンスには帰れないね」

「いや、そんなことにはなっていない、はずだ……」

「どうかなぁ?」


 楽しそうにしているフィオナに、カルロスは赤い顔で反論しようとぱくぱくと口を動かすが、言葉にならず、次第に顔は青ざめていく。


「言われてみれば、イリスと一緒に逃げるところを衛兵に見られている……」


 カルロスは青い顔でぽつりと言った。それにフィオナは慌てた。


「そんな落ち込まないでよ! もしものときは、あたしもちゃんと庇ってあげるから」

「私もカルロスに誘拐されたんじゃないって言うよ」


 イリスも拳を握り、力強く言った。

 カルロスは緑の瞳に涙を溜め、嬉しそうに微笑んだ。


「お前ら……」

「でさ、なんで北の荒野に行くんだよ?」


 三人の感動劇など気にもせず、ホセが尋ねた。

 カルロスは赤い顔で咳払いをし、答えた。


「北の荒野の魔女に会いに行くんだ」

「へぇ」


 ホセの茶色の瞳が輝いた。そんなホセに気づかず、カルロスは話を続けた。


「死の谷を越える方法がわからなくて、レオーネで情報収集をしようと……」

「オレ、知っているぜ」


 ホセがあっけらかんと言った。

 イリスたちが丸くした目をホセに向け、カルロスは前のめりになって尋ねる。


「どうやって越えるんだ?」

「オレが案内してやるよ。さて、話もまとまったし、行きますか」


 ホセは笑顔で手を叩いた。

 フィオナは外を眺める。


「え? まだ外は暗いけど……」


 ほんのりと白く霞みはじめているが、夜が明けるにはまだ時間がある。

 ホセは呆れた視線をイリスたちに向けた。


「まさか、本当に銅貨五枚で泊れると思っていないよな?」


 ホセの言葉に、イリスたちは戸惑いの表情を浮かべた。それにホセが重いため息をつく。


「安い価格で客を呼び込み、夜中にこっそり金目のものを盗み出すようにって言われているんだよ。もし失敗しても、オレが勝手に言ったってことで、銀貨三枚は取られる」


 それにカルロスは眉間に皺を寄せた。


「まさかこの宿全体がグルなのか?」

「そうだよ。だから、この時期なのに部屋が空いてんだよ」


 カルロスが頭を抱えたので、ホセは慰めるようにその背を叩いた。


「世の中、うまい話にはなにかしらあるんだ。勉強になったな」

「お前が言うな!」


 カルロスはホセの手を払った。

 フィオナは呆れた顔でホセを見る。


「なんだってこんなこと……」


 ホセは今までの軽さを感じさせない真剣な顔を見せた。


「生きるためだ」

「生きるため?」


 イリスが尋ねると、ホセは茶色の瞳をイリスに向けた。


「オレは親の顔を知らない。死んじまったのか、オレを捨てたのかもわからない。そんな子供が生きるために手段を選んでいられるか。親方は悪いやつかもしれない。それでも、オレを雇ってくれた恩人に変わりないんだよ」


 イリスは、そう迷いなく言ったホセを見つめ、黙った。

 ホセは口元に笑みを浮かべた。その笑顔は先ほどまでのホセだった。


「まぁ、あんたが気にすることじゃないし、理解する必要はないよ。――さて、そろそろ親方が起きちまう。行こうぜ」


 ホセに促され、イリスたちは荷物を手にしてあとに続いた。ついた先は、廊下のつきあたりの窓だ。


「なんか俺たちが悪いことをしているみたいだ……」


 カルロスはぽつりと呟いた。

 隣の建物の屋根に降り、壁を伝うパイプに掴まりながらゆっくりと降りていく。そこは馬小屋だった。馬がイリスたちに気づいて鳴いたので、イリスは慌てて馬の首元を撫でて落ち着かせた。

 カルロスのうしろにホセが乗り、イリスとフィオナもそれぞれ馬に乗った。

 朝靄が白く立ち上り、わずかに空は明るくなりつつある。

 ホセはカルロスの背後から言った。


「衛兵が寝坊してなきゃ、そろそろ開門するはずだぜ」


 カルロスはわずかに振り返る。


「いいのか? このまま一緒に来て……」

「いいの、いいの。別れの挨拶とか白けちまう。また会う機会があったら、どこかで会うだろう」


 フィオナは呆れた顔をしている。


「いったいどこまでついてくる気なの?」

「そこのお嬢さんには、助けてもらった借りがあるからな。借りを返すまでは、つきあうぜ。それにお前ら、騙されやすそうで不安だ」

「お前が言うなって……」


 カルロスは呆れた声で言った。それにホセは笑い、思い出したように言った。


「そう言えば、自己紹介がまだだったな。オレはホセだ」

「俺はカルロス。お前を助けたのがイリスだ。それから、赤い髪がフィオナ」


 カルロスが簡単に紹介した。イリスは微笑み、フィオナは悪い笑みを浮かべる。


「ホセ。あんた、また悪さしたら、わかっているよね?」

「はい! フィオナ姐さん」

「その呼び方……」


 フィオナは満面の笑みを浮かべ、ぐっと親指を立てた。幼く見えるフィオナにとって目上のように扱われるのは嬉しいことのようだ。カルロスは苦笑いでそれを見ていた。

 外壁の門は既に開いていて、イリスたちは街をあとにした。

 カルロスはホセに尋ねた。


「それで、死の谷を越えるにはどうしたらいい?」

「ああ、ここから東に一日ほど行ったところに橋があるよ」


 ホセはそうあっけらかんと言った。カルロスの眉がぴくぴくと動く。


「……お前がついてきた意味はあるのか?」

「北の荒野とか楽しそうじゃん!」


 ホセが茶色の瞳を細め、笑った。それにカルロスは怒鳴った。


「帰れ! お前を養ってやる金はない!」

「まぁまぁ。ここまで来て、それはないって。旅は道連れ、世は情けってな。――カルロス、頼むよ。仕事に失敗したなんて親方に知られたら、ボコボコにされちまうよ」


 ホセは情けない声でそう言いながら、カルロスの背中に縋りついた。

 カルロスはため息交じりに言った。


「……それが本音か」


 イリスはそのやり取りを見て、くすくすと笑っていた。

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