第2話 出会い②
翌日。
イリスは武器庫にあった弓矢を拝借して、カルロスたちと約束している森の入口に向かった。
すでにカルロスたちはきていて、イリスに気づいたダニエラが手を振った。
今日は森の入口近くの広場で剣の稽古。イリスとダニエラは、切り株に腰をかけ、カルロスとコニーの剣の稽古を見ていた。
ダニエラは隣に座るイリスに視線を向けた。
「レイダもお茶会には参加するの?」
お茶会とは国王が主催する秋のお祭りで、城の庭を開放して行われる。しかし、その日、イリスは部屋にいるようにと、父である国王から言われていた。
「どうかな?」
イリスは曖昧な返事で済ませた。
「そっか。それぞれ考えがあるものね」
ダニエラは小さくため息をついた。その視線の先は、木々の合間から見える白亜の城だ。
「一度でいいからお城に住んでみたい」
イリスはダニエラの言葉になんと答えたらいいのかわからなかった。彼女の望みはすでにイリスの手の中にあるが、イリスはそれに同意はできなかった。イリスにとって城での生活はひどく退屈で、つまらないものになっていた。
「どうしてそう思うの?」
「いつも煌びやかなドレスを着て、美味しいものを食べて、優雅な生活ができるのよ」
「だけど、こうして森を駆けることも、りんごを取って食べることもできなくなるよ」
ダニエラは少し考えるようにしてから微笑んだ。
「それもそうね。変わり者のお姫様らしいけど、いつもお城から出られないのは、かわいそう」
「……変わり者?」
イリスはどきっとしてダニエラを見た。
「そう。なんでも『時が止まった』と言って……」
「ダニエラ」
カルロスに呼ばれ、ダニエラは顔を上げた。
「休憩するから、水袋をちょうだい」
ダニエラは傍らに置いたかばんから水袋を取り出し、カルロスに渡した。カルロスは汗を袖で拭きながら受け取ると、その場に座り、水を飲んだ。その隣にはコニーがいて、カルロスから水袋を渡され、勢いよく飲んでいた。
カルロスの介入でダニエラとの話は終わったが、イリスの胸中は重い。
時が止まったのは確かだ。ずっと止むことなく流れていた時が凪いだのを感じた。それを感じ取った者は、本当に自分しかいないのか。それとも時が止まったと感じたこと自体が間違っていたのか。
だが、人が歳をとらなくなったこと、子供が生まれなくなったこと、それは時が止まった証拠ではないか。それなのに、誰一人として疑問に思わないのはなぜなのか――。
自分だけが取り残され、心地よい風を感じられなくなる。そんな呪いにかかってしまった気分だ。
「レイダはどう思う?」
カルロスが急に話を振ってきたので、イリスは、はっとしたように青ざめた顔を上げた。
「どうって、なにが?」
イリスはカルロスの緑の瞳を見た。まるで心の奥底まで見透かすような澄んだ緑にどきっとする。
「姫さんが言っている『時が止まった』っていうこと」
「……どうして私に聞くの?」
「さっきダニエラと話していただろ?」
イリスは取り繕うように何度か小さくうなずいた。てっきりそのいかれた姫だと見抜かれたのかと思ったが違ったようだ。
「カルロスはどう思う?」
「さぁな。時が止まろうが、時が進もうが俺にとって不都合がなければ関係ない」
「そうよね。季節も変わるし、時が止まったってどういうことかわからない」
カルロスに同意するようにダニエラもそう言った。
カルロスの言うように、今のままでも不都合はないかもしれない。ダニエラの言うように、季節も変わる。
でも、それでいいのだろうか。今は不都合がなくても、これから先も、そうだと言えるのだろうか。歳をとらなくなったことで、病気で死ぬ者はいなくなった。その代わり、子供は生まれない。それでいいのだろうか。
「……私はそうは思わない」
イリスがぽつりと小さく言った。カルロスの緑の瞳がおもしろそうに笑った。
ダニエラはカルロスに尋ねた。
「そういえば、カルロスはいつまで街にいるの?」
「今年はお茶会の翌日に街を立つ」
お茶会は明日だ。唐突な別れの予告に、イリスはすっと胸を撫でる冷たい風を感じた。
「今年はずいぶんと早いのね」
「ああ、今年は冬が早そうだからな」
なんでもないことのように、カルロスとダニエラは話を進めている。
二人は別れに慣れているのだ。そして、次の年もまた会うことを確信している。対して、イリスはまたカルロスに会える確信がない。今、こうして一緒にいるが、彼らのように強い絆はない。
ダニエラはまたカルロスに尋ねた。
「カルロスもお茶会に行くよね?」
「ああ、もちろん行くよ」
イリスはカルロスとダニエラが話しているのを少し離れた気持ちで見ていた。
別れ際、カルロスはイリスに言った。
「また明日な」
「私はお茶会には行かない」
「知っている。でも、また明日」
謎かけのような言葉を残し、カルロスは去っていった。
イリスはじっとカルロスの背中を見つめていた。




