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時の守人~時に翻弄された王女イリスは諦めない~  作者: 冬木ゆあ


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第1話 出会い①

「時が止まった」


 十五歳の少女が自室のバルコニーでぽつりと言った。

 彼女の名は、イリス・ルーベンス。ルーベンス王国第一王女である。ココアブラウンの髪を背中の中ほどまで伸ばし、瞳は薄い茶色をしている。その瞳で空を眺めていた。

 それは、雲ひとつない満月の綺麗な夜だった。


 それから五年が経ち、大人は年をとらなくなり、子供は産まれなくなった。

 イリスも最初は自分のように異変に気づいた者を探したが、時が止まったことを口にする度に周りは憐れみや奇異の目でイリスを見るようになった。

 両親である国王夫妻でさえ、イリスを腫れもののように扱う。

 こうして、イリスはひとり、時と向き合い続けていた。


 イリスは時が止まった原因を探そうと、城の書物庫を漁り、ついには禁書を保管している封印の間にも密かに手を伸ばした。そこで見つけたのは、遠い昔に禁じられた魔術の本だった。いろいろと試したが、一番相性が良かったのは造形魔法だった。特に弓矢を作り出し、武器として使う。

 その頃には、時が止まった原因を探すため、旅に出ることも視野に入れていた。


 時折、イリスは城を抜け出し、街はずれにある森で魔術の訓練をする。森の奥では人に会うことはまずない。しかし、狼などの獣と遭遇することは少なくはなかった。

 最初は動く動物に矢を当てることは難しく、ひやりとすることも何度かあったが、今では一発で命を奪うことも、威嚇で済ますことも選べるほどに弓の命中率を上げている。


 この日も、イリスはいつものように森の中で魔術の訓練をしていた。手のひらに集中すると、小さな炎が灯ったが、それを数十秒保つと、炎は揺らいで消えた。

 イリスはため息をつき、呟く。


「やっぱり魔術は難しい……」


 造形魔法以外はどうにも上達せず、得意な造形魔法に頼ってしまう。だが、炎や水、風の魔術が使えた方が旅をするときに心強いのは間違いない。イリスは深呼吸し、また手のひらに集中した。

 そのとき、草を踏む音がした。この忍ぶような足音は狼か。イリスは瞳を細め、音がした方を見た。

 案の定、姿を現したのは狼だった。じっと警戒するようにこちらを睨んでいる。

 イリスは弓を構える体勢を取った。弓と矢を想像すると、イリスのなにもなかった手の中に光の弓と矢が現われた。

 イリスと狼の間に緊張感が走る。

 その背後で、また草を踏む音がした。今度の足音は重く、警戒心の薄い音。

 イリスは目の端でそれを振り返った。そこにいたのは三人の子供。二人は街の子供のようで、もう一人は見慣れぬ格好をした少年。三人はイリスと狼が対峙しているのを、驚いたように見ていた。

 イリスの気が逸れ、構えていた光の弓矢が消えた。

 狼がこの機を逃さんとばかりに、イリス目がけ、駆けだす。

 イリスにはそれがスローモーションのように見えていた。


 ――これで、この異常な世界から逃れられる。


 そう考えてしまったことに、イリスは衝撃を覚え、顔を強張らせた。

 その横を鈍い光を放つなにかが飛んだ。それは狼の右前足を掠り、狼はわずかに体勢を崩しながら足を止めた。こちらをじっと窺ったあと、森の中へと引き返した。

 こちらとはイリスではない。背後にいる子供、見慣れぬ格好をした少年のことだ。イリスはもう一度、子供たちを振り返り、立ち上がった。

 少年はイリスの横を通り過ぎ、地面に刺さったナイフを抜く。ナイフについた狼の血を、服の袖で拭った。


「どうして殺さなかったの?」


 イリスがそう尋ねると、少年は顔を上げ、イリスを見た。


「もったいないだろ」

「もったいない?」

「食わないのに殺したら、もったいない」


 当たり前のことのように言われ、イリスは戸惑った。そんなイリスを少年はじっくりと見る。


「お前……」

「あなた、どこの子?」


 そう聞いたのは、少年と一緒にいた茶髪を三つ編みにした女の子。そのうしろには同じく茶髪の小さな男の子がいて、イリスを警戒した様子で見上げていた。

 イリスは忌み嫌われた王女。その王女だとばれたらなにを言われ、なにをされるかわからない。うしろで無造作に纏めていたココアブラウンの髪を下ろし、顔を隠すようにしてうつむいた。服装も村娘の様相だ。


 ――ばれるはずはない。


 イリスはそう自分に言い聞かせ、深呼吸してから答えた。


「私は、レイダ」

「俺はカルロス。遊牧民だ」


 だから見慣れぬ服装なのかと、イリスは納得した。

 時が止まっても季節は移りゆく。今の季節は秋で、この時期になると遊牧民はこの街に集まる。もう少しすれば冬を越えるため、この国よりもさらに南へと移っていく。そして、次の秋にまた戻ってくるのだ。

 カルロスはイリスの顔を覗き込むようにした。


「そんなことより、丸腰で森に入るなんて、バカなやつだなぁ」


 光の弓矢は見られずに済んだようで、イリスはほっと胸を撫で下ろした。


「……迷った」


 カルロスはおかしそうに腹を抱え、笑っている。


「よかったなぁ。俺たちと出会えて。この辺りは滅多に人が来ない」


 ――知っている。だから、この場所を選んだのに……。


 イリスは苦々しく思いながらうなずき、カルロスを見た。オレンジの短い髪、よく陽に焼けた肌、革のベストを着て動きやすそうな服装。イリスと同い年くらいだろうか。飄々とした雰囲気が大人びて見せていた。


「あなたたちはここでなにをしていたの?」


 イリスはそう尋ねた。子供がこの辺りまで足を踏み入れるのは珍しい。カルロスは森の先を指差した。


「この先にあるりんごを取りに来たんだ。お前も一緒にこいよ」

「……私も?」

「迷ったんだろ? お前を街まで送り届けてから向かうと、日が暮れちまう」


 イリスは空を見上げた。陽はとうに天井を通り過ぎ、傾きはじめている。女の子は両手を合わせた。


「そうね。レイダも一緒に行きましょう。甘くておいしいりんごなのよ」


 イリスは渋々とうなずいた。

 カルロスと一緒にいた女の子はダニエラ、もうひとりの男の子はコニー。ダニエラとコニーは姉弟で、狩人の子供らしい。その狩人と、カルロスがいる遊牧民の一団の長が知り合いで、街に来る度、カルロスたちは一緒に遊ぶようになったのだという。


 原っぱを抜け、森をいくと、りんごの木があった。

 カルロスがナイフを投げると、見事にりんごのつけ根に当たり、地面にぽとりと落ちた。それをコニーが拾った。


「はい。レイダ、あげる」


 イリスはそれを受け取った。


「いいの? コニーが拾ったのに……」

「いいんだよ。これからカルロスがたくさん取ってくれるから」

「レイダ、食べてみて!」


 ダニエラとコニーの視線を感じながら、イリスはりんごをかじると、瞳を大きく開いて、そのりんごをまじまじと眺めた。今まで食べたどのりんごよりも美味しかった。


「瑞々しくて、ちょうどいい甘さ」

「そうでしょ?」


 驚いた顔をしているイリスを見て、ダニエラは嬉しそうに笑った。

 コニーはカルロスに縋った。


「カルロス、ぼくにも取って!」

「わかったから、服を掴むな。手元が狂うだろう」


 カルロスは苦笑しながらそう言って、またりんごを狙ってナイフを投げた。

 イリスは木の根に座り、その様子をじっと見ていた。先程も感じたが、カルロスのナイフの腕は一流だ。狼のときも外したのではなく、右前足を狙い、放ったのだろう。弓を扱う者として、その難しさを身をもって知っている。


「カルロスはナイフを扱うのが上手いね」


 カルロスは自慢げにナイフを手元で遊んでから腰につけた鞘に戻した。


「まぁな。狩りに使う刃物はたいてい得意だ」


 カルロスの緑の瞳がにっと笑う。自信に満ちた瞳だ。


「レイダはなにを扱う?」

「弓」

「ふぅん。明日、持ってこいよ」

「明日?」


 イリスは訝しげにカルロスを見た。


「ああ、そうだ。明日はコニーに剣を教える約束をしている。だから、レイダもこいよ」


 カルロスは笑顔を浮かべた。

 イリスはカルロスの言葉を何度か心の中で反芻した。同い年くらいの子とこうして遊ぶのは、はじめてで、次の約束をするのもはじめてだ。心がこそばゆくなる。少し照れながら、うなずいた。

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