第18話 嘘つき少年①
イリスたちは街道を北へと進んだ。馬を手に入れたことで、旅路は格段に楽になった。
カレルを出て、八日後の昼にはアルド王国の最北端であり、北の荒野の入口である谷に辿り着いた。『死の谷』と呼ばれる谷だ。谷の向こう側には、目的地である北の荒野が広がっている。見渡す限り、何もない荒れ地が続いていた。しかし、あと一歩というところで、三人の前に問題が立ちはだかった。
フィオナが谷底を覗き込みながら尋ねた。
「ねぇ、どうやって渡るの?」
地を割ったように果てしなく続く谷。底は見えず、暗闇に包まれていた。呻くような風の音が聞こえる。
イリスとカルロスも死の谷を目の前にして言葉が出ない。カルロスはその場に腰を降ろし、腕を組み、瞳を閉じて考えている。こういったときは、旅慣れたカルロスの勘に頼るのがいい。
イリスとフィオナは、黙ってカルロスの傍に座った。しばらく谷底から聞こえる風の呻き声だけが辺りを包んでいた。
カルロスがやっと緑の瞳を開いた。
「森の魔女は北の荒野にいる荒れ地の魔女に『会え』と言った。ユアン王子は北の荒野を『自然の牢獄』だと言った。誰も北の荒野へ行けないとは言っていない。なにかこの谷を越える方法があるはずだ」
「それはなに?」
イリスが首を横に傾げながら尋ねた。カルロスはじっと死の谷を眺める。
「……それがわからない」
カルロスの答えにイリスはうつむき、フィオナは重いため息をついた。カルロスはそんな二人を見た。
「だから一度、レオーネに戻ろうと思う」
レオーネはアルド王国の最北端の街だ。イリスたちは昨日の内にレオーネのそばを通り過ぎていた。
フィオナは首を横に傾げた。
「戻ってどうするのさ?」
「レオーネなら死の谷を越える方法を知る人がいるかもしれない。この谷を降りるにしたって案内がなければ難しいだろう?」
フィオナは考えるように腕を組んで眉を寄せ、黄金の瞳を死の谷に向けた。
「そうだね。賛成」
「私も賛成」
イリスもうなずいた。
三人はまた馬にまたがり、きた道を戻りはじめた。
その日の夕刻。
三人は閉門ぎりぎりでレオーネに入った。レオーネは堅固な外壁に守られ、石造りの建物が多いこの街は、どことなくカレルに似た雰囲気があった。人々の服装は、北の寒さを耐えられるように厚着で毛皮の帽子を被る人も多い。
三人の子供が馬を連れて街を歩く姿は、どうしても目を引く。しかし、それももう慣れたもので、三人は気にせずに歩いていた。
「今日は宿をとろう」
カルロスの言葉に、イリスとフィオナは、ぱあっと顔を明るくさせた。
「久しぶりだね!」
フィオナは嬉しそうに辺りを眺めて、一軒の宿で目を止めた。街一番の立派な宿屋だった。それにカルロスが慌てた。
「あれは金をたんまり持っているやつが泊る宿だ!」
フィオナが振り返り、カルロスを不満げに見た。
「えー。ユアン王子がくれたお金があるじゃん」
「だめだ。北の荒野で旅が終わるかどうか、わからないんだぞ。もし次に『南の湿地にいる魔女に会いに行け』って言われたらどうする?」
それにフィオナは頬を膨らませた。
「南の湿地に魔女がいるなんて聞いたことないけど……」
「例えだ、例え!」
「わかったよ……」
まだ不満そうだがフィオナは大人しく引き下がった。それにカルロスは安堵のため息をついた。イリスはそれを見て、くすくすと笑っていた。
しばらく街を歩き、カルロスが目をつけた宿屋に入った。そこは古いが趣のある宿だった。中に入るとドアにつけられた鈴が「ちりん」と客の訪問を告げる。暖炉が焚かれていて温かい。壁には鹿の首や鳥の剥製が飾られている。広間には商人らしき男性たちがごっそりといた。
受付のカウンターにいる店主にカルロスは声をかけた。
「泊りたいんだが、部屋は空いてないか?」
店主は片手を振った。
「悪いが空いてない」
「そうか。なら、他を当たる」
そう言って出て行こうとするカルロスたちを、店主が止めた。
「この時期は夕刻前までに宿を取らないと難しいぞ」
「そうなのか?」
「ああ、もうすぐ冬祭りがあるんだ」
イリスが首を横に傾げて尋ねた。
「冬祭り?」
「ああ、週末からはじまる。露店が並び、パレードもある。それは賑やかなもんだ。この時期になると商団もこぞってレオーネに集まる」
カルロスは振り返り、広間にいる商人たちを見た。暖炉の前に座る者、椅子に腰かけて仲間と談笑している者、床に座って酒盛りをしている者までいる。
「泊めてやりたいのは山々なんだがなぁ。そこの広間も宿にあぶれた商人たちが雑魚寝に使う。さすがにお嬢ちゃんをそこに寝かせるわけにはいかんもんなぁ。すまんな」
「いや、なんとかするさ。ありがとう」
申し訳なさそうにしている店主に、カルロスは言った。
宿を出て、困ったようにカルロスは腕を組んだ。閉門の時間を過ぎてしまったので、街を出ることはもうできない。街中でテントを張るわけにもいかない。
フィオナは辺りを見回し、イリスも困り顔で馬の首元を撫でている。
「お兄さん、お嬢さん方」
三人は声の主を振り返った。そこにいたのは少年だった。所々服がほずれていて、貧しい生活が見て取れた。
「もしかして、宿をお探しかい?」
にこやかに言う少年の前にカルロスが立った。
「そうだ。どこか空いている宿を知らないか?」
「うちの宿屋がまだ空いている。この時間だし、特別に銅貨五枚でいいよ」
イリスたちは驚いた顔を見合わせた。宿屋の相場は、三人で銀貨一枚はする。それを相場の半額でいいと言っているのだ。冬祭りの稼ぎ時に、だ。
カルロスが疑わしそうな瞳で少年を見た。少年は相変わらず笑顔で付け加えた。
「そうだ、風呂もつけるよ」
イリスは眉をぴくりとさせ、目を輝かせた。カルロスはため息をつく。
「まぁ、他に空いている宿はなさそうだしな……。よろしく頼む」
「まいどあり」
少年はにっこりと笑った。




