第17話 ひと休み
イリスたちはユアンの言葉に甘え、そのまま泊ることにした。
寝間着に着替えたイリスとフィオナは、キングサイズのベッドにダイブする。それをソファーに座ったカルロスが笑いながら見ていた。
フィオナは隣にいるイリスに顔を向けた。
「それにしても、イリスに婚約者がいたなんてびっくりだよ」
「正式に決まったわけではないの。候補だよ」
「ユアン王子とは結婚したくないの?」
「そんなこと、ちゃんと考えたことないよ」
イリスは枕を抱えて顔を埋めた。フィオナは肘をついて、体ごとイリスに向けた。
「もしかして、他に好きな人いる?」
イリスは目をぱちくりさせ、それから真っ赤になって「い、いない!」と答えた。フィオナはにやにやと笑いながら、ソファーに座るカルロスに目を向けた。
「ねぇ、カルロス」
会話を盗み聞いていたカルロスは、びくりと肩を揺らした。
「なにさ。声かけただけで、そんなに怯えないでよ」
「急に話しかけるから、びっくりしただけだろ。――で、なに?」
「カルロスもこっちにきて一緒に話そうよ」
フィオナが左端に寄ってイリスを引き寄せた。イリスもカルロスを呼んだ。カルロスは照れた様子で頭を掻きながら、イリスの横に座った。フィオナはイリスの肩にあごを乗せ、尋ねた。
「イリスとカルロスも幼馴染なんだよね?」
「一度しか会ったことないけどな」
「庭のお茶会でね」
カルロスは呆れたように言った。
「イリスは忘れていたくせに」
「カルロスが別人みたいに変わっていたから……」
言い合うイリスとカルロスを見て、フィオナはくすくすと笑った。
「昔のカルロスってどんなだったの?」
それにイリスは微笑みながら答えた。
「もう少し濃いオレンジの髪でね、肩よりも長く伸ばしていて、女の子だと思うくらい可愛かった」
「へぇ、想像できない」
フィオナがカルロスを見ると、カルロスは苦笑した。
「想像しなくていいよ。髪を伸ばすのは寒さよけで、遊牧民じゃ当たり前なんだよ」
「じゃあ、どうして伸ばさないの?」
フィオナが首を横に傾げてそう尋ねた。
カルロスはぐっと言葉を詰まらせ、目を泳がせている。フィオナはさらに尋ねた。
「ねぇ、どうして?」
「……から」
「なに? 聞こえない」
「女に間違われるから!」
カルロスが真っ赤な顔で言った。フィオナはきょとんとしたあと、盛大に笑った。
「言われてみると、たしかにカルロスって女顔だよね!」
「笑うなよ!」
「だって、おかしすぎて死んじゃいそう」
フィオナは腹を抱えておかしそうに笑っている。カルロスがフィオナの耳を引っ張った。
「とどめさしてやろうか?」
「遠慮します」
フィオナはぴたりと笑うことを止めた。
それから、三人は夜遅くまで昔のこと、今のこと、未来のことを話していた。
翌日の早朝。
イリスたちは一頭の馬を引きながら街を出た。
外壁を出たところに、二人の男性が立っていた。ひとりは外套をまとい、もうひとりは衛兵だった。木陰で待ち伏せていたようで、イリスに気づいた男性はフードをわずかに上げた。
「遅かったな」
「ユアン! どうしてここに?」
イリスはユアンに駆け寄った。ユアンは笑みを浮かべた。
「報告がてら、見送りにきた」
「報告?」
「昨日、城に戻ると、ルーベンスから使者がきていた」
イリスの顔からすっと笑顔が消え、辺りを警戒するように視線を動かす。
「安心しろ。お前を探しにきたわけではない。今年のイリスの誕生祭も中止だそうだ。どうやらルーベンス王国第一王女、イリス・ルーベンスは病で寝込んでしまっているらしい。笑いそうになるのを堪えるのに必死だった」
ユアンはわざとらく肩をすくめた。イリスはほっと頬を緩めた。それから、ユアンは外套の中から小さな袋を差し出した。
「それから、馬を二頭と当面の食糧。それから、援助金だ」
それに一番に食いついたのはフィオナだった。ユアンから袋を受け取り、掲げた。
「助かった! 貧乏生活からおさらばだね!」
カルロスも顔を綻ばせ、うなずいている。
「ああ! これで冬服も買えるし、宿だって取れる」
イリスはカルロスに尋ねた。
「じゃあ、虫を食べる必要はなくなった?」
「ああ!」
会話の内容にユアンは顔を引き攣らせ、カルロスの首元を掴んだ。
「おい、貴様。イリスにどんな生活をさせているんだ?」
「いやぁ。実は、じいさんから金をもらっていたんだが、ここへきてつきかけていて……」
カルロスは頭に手を遣りながら、気まずそうに言った。イリスは慌ててユアンの腕を掴んだ。
「カルロスを離して。蛇や蜥蜴も食べられるようになった。……虫だって、きっと大丈夫」
イリスは意を決したように言った。カルロスとユアンは、そんなイリスの顔をじっと見る。それからカルロスは重いため息をついた。
「イリス……」
「貴様ぁ!」
怒り心頭のユアンは、カルロスの首元をさらにきつく掴んだ。イリスが慌てた様子でユアンの腕を掴んで抵抗するが、ユアンの怒りの前では小さなものだった。
「く、くるしい……」
カルロスが小さく言った。
フィオナは腹を抱え、笑い転げている。
ユアンはカルロスを乱暴に離した。カルロスは地面に腰をついて、小さく咳をしていた。怒りのあまり顔を真っ赤にしたユアンは、カルロスを指差した。
「こいつには任せておけん! 俺も一緒に……」
「なりません」
ユアンの隣で静かに控えていたフレディが言った。ユアンはフレディを振り返る。
「だが、このままではイリスが……!」
「なりません」
うつむきがちだったフレディがわずかに顔を上げると、茶色の瞳が光った。ユアンは苦々しそうに唇を噛む。それから肩をすくめ、地面に座るカルロスの前に膝をついた。
「……イリスを頼む」
ユアンは手をカルロスに向けた。カルロスは真剣な顔でうなずき、ユアンの手を握った。ユアンとカルロスは立ち上がり、ユアンはイリスに目を向けた。
「イリス、必ず帰ってこい。必ずだ」
イリスはうなずき、瞳を細めて微笑んだ。
イリスたちは馬に乗り、街道へ向かって進みはじめた。ユアンは三人が見えなくなるまでその背を見ていた。
「俺には、俺にしかできないことがあるはずだ。戻るぞ、フレディ」
「はい、殿下」
ユアンとフレディは、カレルへ向かって歩き出した。




