第14話 誘拐事件③
夜がうっすらと明けはじめた頃。
イリスは馬車を降ろされた。目の前には木々に囲まれた小屋がある。
誘拐犯は子供たちを連れ、小屋に入った。壊れた家具はそのまま置かれ、埃を被っていた。部屋の隅に置かれた箱をどかし、床板を剥ぐと、地下へ続く階段が現われた。
誘拐犯は泣いている子供たちに階段を降りるように促した。
降りた先は、部屋を分けるように格子がはめられ、中には子供がさらに五人いた。格子の外には小さなテーブルが置かれ、酒瓶とトランプが散乱している。ひとりの男がそのテーブルのそばの椅子に座っていた。
イリスたちは格子の中へ押し込められた。
子供たちを連れてきた男が、部屋にいた見張りの男に尋ねた。
「連絡は?」
「ああ、今日の夕刻には迎えが来る」
「しばらくこことはおさらばか。こいつら、いい値がつくといいが……」
イリスは牢屋の中で俯くように座り、耳を澄ませ、その会話を聞いていた。小さな女の子が、イリスに体を寄せてきた。
「寒いよう」
「おいで」
イリスが片手を広げると、女の子はイリスに凭れかかった。
しばらくすると、その女の子は眠り、規律正しい呼吸の音がした。
――これからどうしようか。
ここにいる子供は全員で十三人。一番幼く見えるのは、腕の中にいる女の子だ。見張りは男二人。牢屋の鍵は、その内のひとりが持っている。外に仲間が何人いるかわからない。その上、この場所がどこなのか、見当もつかなかった。この状況で子供たちを連れ、ひとりで逃げるのは無謀だ。
どうやらカルロスたちの助けを待つのが得策のようだ。
――今は大人しくしていよう。
イリスは少し休もうと、瞳を閉じた。
一方、カルロスとフィオナは、イリスのあとを追っていた。岐路に立つ度に、フィオナは木に尋ね、木は方向を示してくれた。フィオナの言った通り、あとを追うことはそう難しくはなかった。
辺りが明るくなりはじめた頃には、一軒の小屋のそばの茂みに身を潜めていた。
「あれか?」
「木が言うには、そうだよ」
小屋のそばには、男が三人立っていた。カルロスはその内のひとりに見覚えがあった。
「間違いないようだ」
フィオナはカルロスを見た。
「行く?」
「中に何人いるかわからない」
「確かめてみよう」
フィオナがそばにある木に触れ、集中するように瞳を閉じた。次第に顔が赤くなり、眉根に皺が寄る。「ぷはぁ」と息を吐いた。
「子供はたぶん十人ちょっと。イリスの姿もあった。中には男が二人みたい」
「そこまでわかるのか?」
カルロスは驚いた顔でフィオナを見た。フィオナは少しだけ疲れた顔をしている。
「この木が見た映像を見た。映像は、まだぼんやりとしか見えないんだ。間違っていたらごめん」
カルロスはフィオナの肩を軽く叩いた。
「いや、助かったよ。――行こう」
「待って」
腰を浮かしたカルロスの腕を掴み、フィオナは止めた。カルロスはフィオナに従い、腰をもう一度落とす。フィオナは黄金の瞳を細めた。
「『人を殺すのは避けたい』でしょう? ――眠りの霧」
フィオナは手のひらを上に向け、ふっと息を吹きかけた。すると、白い霧が辺りを包んだ。まるで迷いの森のようだ。
「これは……」
「森の魔法だよ。言っておくけど、迷いの森の霧は、自然発生だからね」
フィオナはウィンクして、悪戯っぽく言った。
少しすると霧が晴れ、小屋の前にいた三人の男は倒れていた。ひとりは大きないびきをかき、ひとりは気持ちよさそうに寝言を言っている。もうひとりは丸まるようにして寝ていた。
「こいつら目覚めるのか?」
「さぁね。イリスのときと同じ。目覚めるかは、本人次第だよ」
カルロスとフィオナは、小屋のドアのそばに立ち、耳を澄ませた。中からは何一つ音はしない。二人は視線を合わせ、うなずいた。
カルロスがドアをゆっくりと開け、中の様子を窺う。そこは使われていない部屋で、埃の匂いが立ち込めていた。カルロスは拍子抜けしたように息をつき、フィオナと一緒に室内に入った。
フィオナは辺りを見回し、戸惑っている。
「どういうこと? 木の記憶では、確かにここに子供が入っていったのに……」
カルロスは周りに置かれた家具を調べるように見ている。
「これが怪しいか……」
カルロスは部屋の隅にある箱に目をつけ、床をじっくりと観察していた。
「やっぱり。動かした跡がある」
「なるほど。頭いい」
カルロスとフィオナは、箱の両側をそれぞれ持って動かし、床板に触れると、簡単に外れた。カルロスは地下に続く階段を眺め、深く息ついてからフィオナに言った。
「俺から行こう。フィオナは援護を頼む」
「わかった」
フィオナはうなずき、唇をぺろりと舐めた。




