第13話 誘拐事件②
奥さんは足早にリビングへと向かった。
イリスは言われた通り、アレシアの肩に手を添え、キッチンに身を潜めた。
リビングからドアが蹴り破られたような音と男の怒鳴り声が聞こえ、イリスはキッチンのドアに耳を当てた。どうやら男たちは金銭を要求しているようだ。
「か、金などない」
家主の男性の声が聞こえた。遠くで若い女性の悲鳴も聞こえた。アレシアはイリスにしがみつくようにして震えている。
「なら、ガキでいいよ。いるんだろ?」
その一言で、イリスは押し入ってきた男たちが衛兵の言っていた誘拐犯だと気づいた。
「こ、子供はいない!」
家主の男性がそう言った途端、なにかが壁に当たったような大きな音がした。続けて、奥さんの叫ぶ声がした。
「あなた!」
「子供がいない? 嘘を言うな!」
下調べは済んでいるような口ぶりだ。イリスは震えているアレシアの肩を掴んだ。
「アレシアはここにいて」
「おねぇちゃん?」
「大丈夫だから、ね?」
イリスはアレシアを安心させるように笑みを浮かべた。キッチンを出て、リビングの扉をほんの少しだけ開く。この家にいる誘拐犯は、二人のようだ。体格のいい男と、ひげ面の小さな男。床には家主の男性が倒れ、奥さんが庇うようにして誘拐犯を睨みつけていた。誘拐犯の手には、剣が握られている。
イリスは瞳を閉じて深呼吸した。そして、薄い茶色の瞳を開いた。
「お父さん!」
イリスは扉を開けて倒れている家主の男性に駆け寄った。男性は意識があるようで、大きく見開いた目をイリスに向けた。
「ほら、いるじゃないか」
体格のいい男がにんまりと笑い、イリスの腕を掴んで引き寄せた。
「痛い!」
乱暴に腕を掴まれ、イリスは痛みに顔を歪ませた。ひげ面の男がイリスの顔を掴んだ。
「ほう。上玉だな」
イリスを小脇に抱えた。
「ダメだ! その子は……」
「お父さん!」
イリスは家主の男性の声に被せ、目を見て小さく首を横に振った。男性は力なく腕を下ろした。
「すまない……」
納屋では、騒ぎを聞きつけたカルロスとフィオナが明かりを消し、ドアの隙間から外を窺っていた。カルロスは剣を抜き、フィオナは樫の杖を握っている。
母屋から出てきた誘拐犯は、イリスを抱えていた。
「イリス!」
カルロスが飛び出そうとしたとき、フィオナはカルロスの腕を掴んだ。カルロスは鋭い視線をフィオナへ向ける。フィオナは黄金の瞳をカルロスに向け、首を横に振った。
「今、あたしたちが出ても、イリスを盾に取られ、捕まるだけだ。機を待とう」
フィオナの言う通りで、カルロスは唇を噛み、拳を床に叩きつけた。
「くそっ!」
「……あの子がいないな」
取り乱しているカルロスの横で、冷静に外の様子を窺っていたフィオナがそう呟いた。カルロスはまた外を見た。母屋から出てきた子供は、イリスだけだ。フィオナがまた呟いた。
「イリスが身代りになったのかな」
カルロスはフィオナに尋ねた。
「どうする?」
「まずは誘拐犯が村を去るのを待とう。あとを追うことは、そう難しくない」
「もし見失ったら……」
「木に尋ねる。――アジトを見つけよう。いずれ隙を見せるはずだよ」
カルロスはうなずいた。
イリスは体格のいい男に抱えられながら辺りを見回した。村には十数人という誘拐犯の集団がいて、家々に押し入っては、子供を攫っている。イリスが馬車に乗せられると、そこにはすでに四人の子供がいた。身を寄せ合い、体を震わせながら泣いている。
馬車が動き出す頃には、子供は八人に増えていた。イリスは馬車に張られた布の合間から、そっとカルロスとフィオナが隠れている納屋に視線を向けた。
――きっと二人が助けにきてくれる。
イリスはそう確信していた。
今、自分がすべきこと、それは、ここにいる子供たちを守ることだ。
悪夢の夜が終わった。
三十分も経っていないはずなのに、とても長い時間のように感じた。辺りには女性の泣き叫ぶ声が悲痛に響き、男性が力なく地面にへたり込んでいた。
カルロスとフィオナは納屋から出て、母屋へと入った。
家主の男性は床に呆然と座り込み、奥さんは泣いていた。カルロスは男性に駆け寄った。
「大丈夫か?」
カルロスに気づいた家主の男性は、青ざめた顔で見上げた。
「すまない、あの子が……」
「ああ、知っている。それより、お前の娘は無事か?」
カルロスの言葉で女性は、はっとしたようにキッチンへと駆けこんだ。カルロスたちもそのあとを追った。キッチンの端には丸くなり、震えているアレシアがいた。涙に濡れた顔で奥さんに駆け寄り、抱きついた。
「おかあさん!」
「アレシア……」
奥さんもアレシアをぎゅっと抱きしめ、啜り泣いた。その様子を見たカルロスは、ほっと胸を撫で下ろす。
「無事か。よかった」
「おねぇちゃんがここにいれば大丈夫だからって。おねぇちゃんはどこ?」
カルロスはアレシアの頭を撫でた。
「イリスなら大丈夫だよ」
誘拐犯は子供をすぐに殺すようなことはしないはずだ。そう、カルロスは自分の胸に言い聞かせた。
フィオナはカルロスの背に向かって言った。
「そろそろ行こうか」
フィオナのうしろに立っていた家主の男性は尋ねた。
「追うのか?」
カルロスは家主の男性を振り返り、うなずいた。
「こっちへ」
家主の男性はきびすを返し、カルロスとフィオナはそのあとをついていく。家の裏手に回ると、そこには馬が一頭いた。
「人の足では間に合わない。使ってくれ」
「すまない」
「いや、あの子はアレシアの身代りになってくれたんだ。あの子を必ず助け出してやって欲しい」
家主の男性は顔を腕で覆った。
カルロスは馬の首を撫でた。馬はじっとカルロスを見たあと、そっと頬を寄せた。カルロスは笑みを浮かべ、馬の背にひょいっと乗る。フィオナを引き上げ、自分のうしろに乗せた。
「必ず助け出す」
カルロスは村をあとにした。
フィオナはカルロスの背にしがみつく。燃えるような赤い髪が風になびいた。




