第12話 誘拐事件①
翌日の早朝。
イリスたちは夫婦にお礼を告げ、北東へと進んだ。
一時間ほど歩くと、街道へと出た。人の気配はなく、ひっそりとした道だったが、たしかに道は遠く彼方まで続いている。
カルロスとフィオナは、外套のフードを被り、目立つ外見を隠して歩いた。
昼は歩き、夜は野宿を繰り返す。カレルに近づくにつれて、人とすれ違うことも多くなった。外見を隠していても背丈で子供だとわかる。すれ違う人たちは、三人をもの珍しそうに見ていた。
二週間ほど経った頃。
道が二手にわかれた。一方は、カレルへと向かう道。もう一方は、細い田舎道だ。イリスたちは話し合いで決まった通り、田舎道に進んだ。この道に入ると、また人通りは減った。
田舎道を歩きはじめて、三日ほど経った頃。
馬に乗った二人の衛兵と行き会った。イリスたちはそのまますれ違うだけだと思っていたが、衛兵が馬を降り、イリスたちの前に立った。
「おい、待て。お前たちどこの子供だ?」
イリスはうつむいたまま固まり、カルロスは警戒したような瞳を衛兵へ向けた。そんな中でフィオナは、衛兵を見上げ、道の先を指差した。間延びした緊張感のない声で言った。
「この先の村だよ」
衛兵たちは顔を見合わせ、フィオナの指差す先を見た。
「チロ村か? こんな子供いたか?」
「おばあちゃんに会いにきているんだ。この辺りが珍しくて、ついここまできちゃった。この子がもっと先まで行こうって言うから」
フィオナが隣に立つカルロスを見た。カルロスはぎょっとした。すると、衛兵は声高に笑い、カルロスの頭をフード越しに撫でた。
「お前も男の子だな。この辺りでは、子供を狙った誘拐事件が何件か起きているから危ないぞ」
「へぇ。そういえば、おばあちゃんもそんなことを言っていたな。おじさんたちはそれで見回りしているの?」
「そうだよ」
衛兵はすでに警戒心を解いたようで、笑顔でフィオナに答えた。
「へぇ。おじさんたちも大変だね。犯人ってどんな人? どこを根城にしているの?」
「それがまだわかっていない。だから、早く帰れよ」
「はーい」
衛兵たちは馬に跨り、去っていった。フィオナは手を振り、見送った。その隣では、イリスとカルロスがほっと胸を撫で下ろしている。フィオナはそんな二人を笑った。
「こういうときは堂々としてなきゃ。――ここから先、衛兵が多いかもね」
「そうだな。誘拐か。想定外だ」
カルロスは苦々しく顔を歪めた。それに反してフィオナはけろっとしている。
「よし、さっさと抜けよう」
フィオナが歩き出したのを、カルロスは止めた。
「待て。引き返そう」
「なんで? ここまで三日だよ。戻ったら一週間が無駄になる」
「誘拐犯と行き会ったらどうする?」
「カルロスは考えすぎ。衛兵も見回っているんだから大丈夫だよ。この様子じゃ、街道沿いの方が衛兵の警戒が厳しそう」
フィオナはまた歩き出した。カルロスは重いため息をつきながら額に手を当てた。この胸を過る不安は杞憂なのだろうか。だが、旅慣れたカルロスの感は、引き返すべきだと言っている。
イリスは意見が食い違っている二人を交互に見た。
「このまま進もう。でも、野宿は避けよう」
イリスの一言に、先を歩くフィオナは振り返り、カルロスは顔を上げた。
「フィオナの言うように、引き返すには進み過ぎた。けど、衛兵のこと、誘拐のことを考えたら、このまま進むのは無防備だと、私も思う」
カルロスはイリスに顔を向けた。
「これから街道に合流するまで、ずっと宿を取り続ける金はないぞ」
イリスはうなずいた。
「地図をくれたおじさんのように納屋なり、家の敷地に泊めてくれる人を探そう。それなら、少しは安全だと思う。どうかな?」
フィオナとカルロスは、考える素振りを見せた。
「そうだな。俺は賛成だ」
「あたしも。屋根があるところで眠れるのは大歓迎だよ」
イリスは笑みを浮かべた。
その日から野宿をやめた。日が暮れる前に村を見つけ、泊めてくれるところを探した。治安が悪いせいでイリスたちを警戒し、断られることも多かったが、二日連続で野宿を避けることができた。
この日は、幼い子供のいる家の納屋を借りることになり、家主の男性がイリスたちを案内してくれた。
「納屋で悪いな」
カルロスは緑の瞳を細めた。
「いや、ありがたい」
男性は人の良さそうな笑みを浮かべ、納屋から出ていった。
しばらくすると、今度は奥さんがやってきた。手には小振りの鍋を持っている。
「これ、食べな」
鍋の中身は、牛乳で煮込んだ野菜のスープだった。イリスは瞳を輝かせ、カルロスは遠慮した様子で奥さんを見上げた。
「いいのか?」
「晩御飯の余りものだから気にしないで。――ほら、アレシアおいで」
奥さんは納屋の入口を振り返ると、幼い女の子がひょっこりと顔を出した。恥ずかしそうにもじもじとしながら、お盆を手にして近寄ってくる。そこには三個のパンとお皿、スプーンが乗っていた。
「食べ終わったら、外に置いておきな。明日の朝にでも取りに来るから」
奥さんはそう言って、アレシアの手をとって納屋をあとにした。
スープからは暖かな湯気が立ち上っている。フィオナはスープを一口食べて、ご満悦な表情だ。
「ああ、この暖かさ、身に染みるね」
カルロスは無言で食べ続け、イリスは味わうようにゆっくりと食べた。すぐに鍋は空になり、三人は食後の余韻を楽しんでいた。
イリスはお盆に空になった鍋と皿をのせて立ち上がった。
「これ返してくるね」
フィオナが見上げた。
「明日、取りに来るって言っていたじゃん」
「うん。でも、もう一度ちゃんとお礼がしたい」
イリスはそう言って、納屋を出た。夜も更けて、村はしんと静まり返っている。空には星が散りばめられていた。息を吐くとほんの少し白い。気がつけば、十一月に入っていた。旅をはじめて一カ月が経ったのだ。
イリスは母屋のドアをノックすると、家主の男性が顔を出した。
「やぁ、君か。――おい、母さん、女の子がきたよ」
男性が家の中に向かって言ってから、イリスを家の中へと招き入れた。
「これ、ご馳走様でした」
イリスがお盆を差し出すと、奥さんは微笑みながらそれを受け取った。
「わざわざ持ってきてくれたの? ありがとう。――ああ、そうだ。こっちにおいで」
奥さんがイリスを手招いたので、イリスはついていった。奥さんはキッチンへと入った。そこには床に座るアレシアがいて、慌てて奥さんに駆け寄り、スカートの陰へと隠れた。
奥さんはキッチンの端に置かれた木箱からみかんを取り出した。
「これも食べる?」
「いいの?」
「いいよ。村のそばになっているやつだから。味は保証しないけどね」
奥さんは三つのみかんをイリスに差し出した。イリスはそれを両手で受け取り、お礼を言おうとしたそのときだった。
馬の嘶き、荒々しい足音、男の猛々しい笑い声が遠くに聞こえた。奥さんはびくりと身を震わせ、傍らにいるアレシアの肩を抱いた。それからイリスに目を向けた。
「あんた、アレシアとここに隠れていな」




