第15話 誘拐事件④
カルロスは階段に飛び降りた。それは短く、すぐに扉へと行きついた。扉に耳を当てると、男の笑い声と子供の泣き声が聞こえる。剣のグリップに手を添え、フィオナを振り返った。フィオナも樫の杖を両手で握り、うなずいた。
カルロスが扉を蹴り開けると、部屋中に大きな音が響き渡った。
「だ、誰だ!」
男のひとりがそう叫びながら勢いよく立ち上がり、反動で椅子がうしろへ飛んだ。
カルロスは腰から短剣を取り出し、男に投げつけた。それは見事に男の胸に命中し、男は呻き声を上げ、倒れた。もうひとりの男が、倒れた男を見てからカルロスに視線を向け、震えた声で言った。
「そ、外の連中は何をしている……!」
「寝ているよ。それはもう気持ちよさそうに。だから、助けは来ない。諦めた方がいい」
杖を構えたフィオナがそう答えた。男は忌々しげに歯を食い縛り、カルロスを見据えた。
「ガキどもがっ!」
剣を抜きカルロスに斬りかかった。
カルロスはそれを軽く受け止め、流した。それからも、受けるばかりだ。しかし、男が剣を振り被ったときだった。体を落とし、男の懐に入り込み、斬った。男は短く呻き声を上げ、ゆらりと後ろへと倒れた。それから動くことはなかった。
イリスは牢屋の格子にしがみつき、カルロスと誘拐犯たちの戦いを見ていた。
カルロスは牢屋へと駆け寄った。
「イリス!」
「鍵、その人が持っている」
イリスは格子の隙間から手を伸ばし、短剣が胸に刺さった男を指差した。
フィオナがその男の懐を探り、鍵を取り出した。牢屋を開けると、イリスは飛び出し、カルロスに抱きついた。
カルロスはイリスを抱きとめながら尋ねた。
「イリス、怪我はない?」
イリスはこくこくと何度もうなずいた。時折、啜り泣く声が聞こえる。
「遅くなってすまない。怖かったか?」
「違うの。そうじゃない。私のせいで、カルロスは人を……」
カルロスは血だまりの中で横たわる二人の男を見た。
「人を殺すのは、はじめてじゃない。旅をしていれば、盗賊に襲われたりもする。気持ちのいいものではないから、イリスにはさせたくなかった」
カルロスは切なそうな笑みを浮かべていた。イリスは薄い茶色の瞳から涙を流し、カルロスの手を握った。
「助けにきてくれてありがとう」
フィオナがそんな二人に気まずそうに言った。
「いい雰囲気のところ悪いんだけど、そろそろ上に戻らない? ほら、この子たちも連れ出さないといけないし……」
カルロスとイリスは、ぱっと離れ、赤い顔でうなずいた。
外に出ると、眠っていたはずの男たちはいなかった。代わりに、衛兵が辺りを囲んでいる。カルロスは一歩前に出て、イリスたちを守るように立った。
衛兵の奥からひとりの少年が現われた。馬上からカルロスを見下ろす少年は、他の衛兵とは違う制服を着ている。肩の長さで切り揃えた茶色の髪が風になびいていた。
「お前たちがやったのか?」
「そうだ。仲間がさらわれた。だから、助け出したまでだ」
カルロスがそう言うと、少年は馬から降りてカルロスの前に立った。背は少年の方が少し高い。
「俺たちはキッカ村が襲われたと聞いてきたんだ。もしや、お前たちが旅の子供か?」
カルロスはうなずいた。少年はカルロスをまじまじと見て、そのうしろにいるフィオナとイリスを見た。イリスは外套のフードを深く被り、目を合わせまいと視線を逸らしている。
少年は「うん?」と声を上げ、イリスの顔を覗き込んでぎょっとした。そして、辺りを見回し、そばに衛兵がいないことを確認してから、声を潜めて尋ねた。
「まさか、イリスか?」
イリスは大きくため息をついてから、渋々うなずいた。カルロスとフィオナは、イリスとその少年を交互に見た。少年は茶色の髪を掻き上げた。
「参ったな……」
少年は衛兵の方に戻り、なにやら指示を出しているようだ。衛兵は二手に分かれ、森へと消えていった。そして、残った数人の衛兵は、子供を荷馬車に乗せ、それも走り去った。
少年、ひとりの老兵、イリス、カルロス、フィオナの五人だけがその場に残った。
フィオナはイリスに小声で尋ねた。
「知り合い?」
「……彼はアルド王国第二王子、ユアン・アルド」
カルロスとフィオナは目を丸くし、老兵と話すユアンの背中を見た。しばらくユアンは老兵と話したあと、イリスのもとに戻ってきた。
「どうしてこんなところにいるんだ」
怒ったように言うユアンに、イリスはむっとしたような顔をした。
「ユアンこそ」
「俺はこの国の王子だ。いてもおかしくないだろう。アルド王国にいることを、イリスの父君は知っているのか?」
イリスは黙り、俯いて目だけでユアンを見た。ユアンは頭に手を当てた。
「とりあえず、ここから離れよう」
イリスはまた渋々とうなずいた。
三頭の馬が歩き出すと、ずっと黙ったままだった老兵は、ユアンとイリスが乗った馬のそばについた。
「イリス王女殿下、お久しぶりでございます」
「え? ……ああ、フレディ様でしたか。お久しぶりです」
カルロスはイリスのそばに馬を寄せた。
「誰だ?」
「ユアンの側仕えのひとりよ」
カルロスは老兵へと視線を向けると、フレディもカルロスを見ていた。フレディはほっそりとしており、背筋はぴんと伸びている。細い瞳の中に強い意志を感じた。




