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時の守人~時に翻弄された王女イリスは諦めない~  作者: 冬木ゆあ


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第10話 山越え

 イリスたちは迷いの森を抜け、イヴァン山脈の麓へと出た。小雨が頬を撫でている。

 カルロスが山へと入ろうとしたときに、フィオナはそれを止めた。


「待って」


 カルロスは足を止め、フィオナを振り返った。

 フィオナは辺りを見渡し、適当な一本の木に触れて瞳を閉じた。風も吹かないのに、木々がザワリと揺らいだ。異様な空気を感じ、イリスは辺りを見回す。

 しばらくすると、フィオナは木から手を離し、イリスたちを振り返った。


「雨のせいで崩れているところがあるらしい。案内を寄越してくれるって」

「木と話せるのか?」


 カルロスが驚いたようにそう尋ねると、フィオナはくすくすと笑った。


「これでも森の魔女見習いだからね。少しは。おばあちゃんはすごいよ。森の木に触れただけで、世界中の木々と話せるんだから」

「世界中の木々と? どうやって?」


 イリスが不思議そうに尋ねると、フィオナは微笑んだ。


「木の根は大地に張り巡らされている。それを伝っていけば、会話することや、その木が見た映像を見ることができるんだ。けど、あたしには、まだそこまではできない。修行中なの」


 カルロスが「へぇ」と感心した声を上げた。


「お前、小さいのに修行なんて、えらいな」


 カルロスは腰を曲げ、頭一個分ほど背丈の低いフィオナと目線を合わせた。フィオナはきょとんとしたあと、腹を抱え、おかしそうに笑った。


「やだなぁ。あたしは魔女だよ。人じゃない。あんたたちの数倍、生きている」


 イリスは目を見張り、カルロスはフィオナをまじまじと見た。


「お前、いくつだ?」

「レディに歳を聞くなんて、カルロスは意外とお子様ね」


 フィオナが口元に手を当て「ぷっ」と笑うと、カルロスの顔は、かっと赤くなった。カルロスをからかい、満足したフィオナは、木に凭れるようにして座った。


「さてと、案内が到着するまで待ちますか」


 イリスもそれに倣って木の根に座った。

 カルロスは隣に座るフィオナに視線を向ける。


「案内って、まさか木がくるわけじゃないよな?」

「まさか。木が歩けるはずないじゃない」


 カルロスはほっとした顔を浮かべた。


 しばらくすると、木々の合間から毛並みの綺麗な狐が現われ、フィオナの目をじっと見た。


「あなたが案内してくれるの? ありがとう」


 フィオナがにっこりと笑うと、狐はきびすを返して歩き出した。

 カルロスは立ち上がり、感心したように言った。


「森の魔女は、動物とも話せるのか」

「まさか。森の魔女がなんでもできると思わないでよね」

「でも今……」

「なんとなく、そんなことを言っているような気がしただけ」


 フィオナはしれっと言って、狐のあとを追って歩き出した。

 カルロスは真っ赤な顔でイリスのそばに寄り、ぼそっと言った。


「俺、こいつ苦手だ」


 イリスは小さく笑った。


 狐はイリスたちを先導するように歩いた。時折、振り返っては、ちゃんとついてきているか確認している。


 不思議なことに、山に入ってから、獣に襲われることはなかった。姿を見せることはあったが、狐とフィオナを見ると、音も立てずに去っていく。


「この辺りは迷いの森から近いからね。あたしのことを知っている獣も多いんだと思う」


 不思議そうにしていたイリスとカルロスに、フィオナはそう説明した。森に住む動物にとって、森の魔女の存在は大きいようだ。


 日が暮れ、カルロスが野宿の支度をはじめると、狐はそっとその場を離れた。しばらくすると戻ってきて、咥えていた野兎をカルロスの足元に置いた。


「くれるのか?」


 カルロスがそう尋ねると、狐はカルロスの瞳を見た。


「ありがとう」


 カルロスはおそるおそる狐の頭を撫でた。狐は瞳を一瞬だけ閉じると、すぐにカルロスの手を振り払うようにして少し離れたところで伏せた。


 夕食を終えたイリスとフィオナは、毛布に包まって横になった。カルロスは焚き火を挟んだ向こう側で寝転がっている。狐はのそりと起き上がり、イリスとフィオナの間に体を忍ばせ、イリスに身を寄せた。

 イリスはほんの少し驚いた顔をしたが、狐の首元にそっと手を置いてふかふかの毛並みに顔を寄せた。狐も嫌がる素振りは見せず、一息つくと瞳を閉じた。

 しばらくすると、イリスの気持ちよさそうな寝息が聞こえてきた。フィオナはその様子を見て、小さく笑い声をこぼした。


「どうやら、イリスは狐に気に入られたみたいだね」


 カルロスは肘をついて横向きになり、緑の瞳を細めた。


「羨ましいな」


 フィオナはにやけた顔を浮かべた。


「え? 狐が?」

「ち、違う! イリスが、だ! 気持ちよさそうじゃないか」


 カルロスはわずかに顔を上げた。その顔は真っ赤だ。フィオナは笑い声を堪えるように口元を押さえている。


「フィオナもバカなこと言っていないで、早く寝ろよ」


 カルロスはフィオナに背を向けた。


 木が言っていたように、道中には崩れた個所がたくさんあった。狐はそれを避け、最短の道筋を案内してくれているようだ。時折、険しい道もあり、イリスたちが行けそうにないと判断すると、狐は道を変えた。ゆっくりとイリスたちの歩調に合わせ、歩いてくれているようだ。


 山に入って七日が経った。

 この日は、峠に差し掛かった。晴れ渡る空、見渡す限りの草原が目前に広がる。遠くには街の姿も見えた。イリスは薄い茶色の瞳でその景色を眺めていた。ココアブラウンの髪が風になびいている。


「これがアルド王国」


 アルド王国はイヴァン山脈で隔たれたルーベンス王国の隣国である。

 イリスの隣で同じように景色を眺めているカルロスが言った。


「アルド王国を越えた先が、北の荒野だ」

「私、ルーベンスから出ることなんて一生ないと思っていた」


 イリスがぽつりと言った。首都クルト、それどころか城から出ることは滅多になかった。これからも城で日々を過ごし、いずれは女王としてルーベンスに君臨していたはずだった。

 イリスの横顔を見て、カルロスは再び景色へと視線を戻した。


 それから、さらに三日かけ、イヴァン山脈を抜けた。

 狐と別れるとき、地面に膝をついているイリスの頬を優しく舐めた。イリスはそんな狐を優しく抱き寄せた。


「案内してくれて、ありがとう」


 こうして狐との十日間の旅を終えたのだった。

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