エピローグ ここが僕の台所
偽聖女エルゼが「味覚依存を誘発した罪」と「王家への詐欺」で追放され、王都に真の平穏が戻ってから数日。
王宮の中庭では、歴史に残るであろう奇妙な光景が繰り広げられていた。
「……忍殿。東部に帰るなどと言わず、王宮の『筆頭料理魔導師』として残ってくれぬか?報酬は望むままだ」
復活した王太子が、忍の手を握って懇願する。
「……殿下。忍は私の所有……いえ、私の大切な家族です。お引取りを」
アレックスが静かに、しかし絶対零度の殺気で王太子の手を引き剥がす。
その横ではレオナードが、
「南の海産物は全部、忍のものだ!だから、忍は南部に来るべきだ」
と叫び、ゼノス公爵が、
「北の熟成肉こそが醤油に合うことが、わかんのか!この青二才が!」
と髭を震わせていた。
「……あうー。みんな、うるさい……。おなかすいた」
魔力が少しずつ戻り、七歳児ほどまで成長した忍がふくれっ面で呟く。
その瞬間、四人の大男たちはピタリと黙り、期待に満ちた目で忍を見つめた。
「……わかったよ。……みんな仲良くしてくれるなら、俺、とっておきの『お祝い』を作るよ」
忍が厨房へ向かうと、王宮の料理人たちが「師匠!」と呼びながら一斉に整列した。
忍が今回作るのは、これまでに出会ったすべての「美味しい」を凝縮した夢の一皿。
「できたよ! みんな、喧嘩しないで食べてね!」
巨大な銀のプレートが運ばれてくる。
そこには、王宮の常識を覆す、“大人の夢の宝石箱” が広がっていた。
- 照り焼きソースのハンバーグ
- 海の滋味が詰まったグラタン
- 大海老フライ(タルタル付)
‐薄焼き卵に包まれたオムライス
‐付け合わせのナポリタン
‐醤油キャラメルプリン
そしてオムライスの頂点には、四人の瞳と同じ色の、小さな旗が立っていた。
「……これは、なんだ?……子供の遊びのような盛り付けだが……」
戸惑うゼノス。
だが、一口食べた瞬間――
四人の顔から“権力者の仮面”が剥がれ落ちた。
「…………美味い。……なんだ、この“ワクワクする”感覚は……っ!」
王太子がエビフライを頬張り、頬を赤らめる。
アレックスはハンバーグの肉汁を慈しむように味わい、
レオナードはナポリタンを豪快に啜り、
ゼノスはプリンの甘じょっぱさに目を細めて震えている。
「……ひゃひゃひゃ! 見ておれ忍。王国最強の男たちが、お主の 『大人様ランチ』 の前では、
ただの腹ペコなガキんちょじゃわい!」
クリスティナがワインを片手に高笑いする。
熱いグラタンを食べ、目を細めるクリスティナ。
そこには、身分も国境も関係ない。
ただ「美味しいものを食べる」という、最も純粋で幸福な時間が流れていた。
宴が終わり、夕暮れ時。
忍は半分寝落ちしながらアレックスの膝の上に座り、
王都の街並みを眺めていた。
「……忍。……結局、君はどこにいたい?王宮か、それとも……」
アレックスが耳元で、少しだけ不安そうに囁く。
忍は、アレックスの服から漂う“安心する匂い”と、微かに残る“お醤油の匂い”に包まれ、小さく微笑んだ。
「……自立したいって思ってたけど…………こんなに美味しいものが揃ってて…………みんなが俺の料理を待っててくれるなら…………アレックスさんの側で暮らすのも、悪くないかな……」
忍の寝言のような答えに、アレックスは狂おしいほどの愛おしさを込めて抱きしめた。
「……そうか。ならば、世界中の調味料を君のために集めよう。……私の、小さな救世主」
東部の侯爵邸には、明日もまた、
醤油の香ばしい匂いと、
それを奪い合う男たちの騒がしい声が響き渡るだろう。
そして忍は、
今日も、明日も、これからも――
誰かの心を救う“ごはん”を作り続ける。
完
無事完了まで漕ぎつけました。お読みいただきありがとうございました。まだまだ忍に作ってもらいたい「ごはん」があったのですが・・・じいちゃんのラーメン、カレーライス、から揚げ、ふわふわパンケーキ・・・お腹空いた・・・
最後になりましたが、「楽しかった」「面白かった」「お腹がすいたよ、どうしてくれる」など、評価をいただければ幸いです。




