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第36話  天の雫が照らす、最後の救い

「みな、恐れるな!異端の少年に組みする者たちよ、神の裁きを受けよ!」


大司教バルカの怒号と共に、黒衣の信徒たちが呪文を唱え始めた。

再び、エルゼの放つ「無色の波動」が寝室を侵食し、壁の色を、空気の熱を、そして人々の“生きる意欲”を奪っていく。

アレックスの剣の光も、レオナードの炎も、王太子の魔力も――

すべてが“無”に飲まれようとしていた。

忍が小さな体で震え、声にならない悲鳴を漏らす。


「……やだ……いたい……の……」


その瞬間。

無機質な白亜の世界に、落雷のような『芳醇な衝撃』が走った。


――トプン……


「……な、なんだ、この……魂の根源を揺さぶる香りは……っ!」


絶望を覆い尽くすように広がったのは、醤油の熟成を極めた先にある究極の旨味――

『再仕込み醤油・天の雫』。


「……忍、これは……?」


アレックスが驚愕に目を見開く。

漆黒だった剣が、琥珀色の神々しい光を纏い始めていた。

それは魔力でも神聖力でもない。

数多の食材と時間が織りなす――

“生命の輝き”そのもの。

忍は三歳児の小さな体で、力いっぱい叫んだ。


「……みんな……!……これで……おいしく、やっつけて……!!」


「「「「おおおおおぉぉぉッ!!!」」」」


四人の守護者が同時に地を蹴った。

エルゼの「拒絶の結界」にアレックスの剣が触れる。

本来なら反発するはずの神聖力が、琥珀色の光に触れた瞬間――

まるで“吸い物の中の出汁”のように、優しく、しかし抗いようもなく溶け込んでいった。


「……浄化……できない!?私の神聖力が……あたたかい光に飲み込まれて……っ!」


レオナードの炎は醤油の香ばしさを纏った“爆炎”へと進化し、黒衣の軍勢を焼き払うのではなく――

彼らの戦意(空腹感)を根こそぎ奪い去っていく。


「……ぐ、ぐふっ……。戦う……どころでは……ない……。腹が……減って……膝が……っ!」


聖公会の精鋭たちは、醤油の香りに当てられ、次々と武器を落とし崩れ落ちた。

それはもはや合戦ではなく、広範囲に及ぶ “集団飯テロ” による制圧だった。

大司教バルカは狂ったように杖を振り回す。


「おのれ、不浄の悪魔め!神の沈黙こそ至高!味などという快楽に耽る者に、天罰を――」


「……おじいさん。……うるさいのは……めっ、だよ」


忍がよちよちと歩み寄り、床に転がっていた「聖水の杯」を拾い上げた。

そして――

その無味無臭の液体に、“天の雫”を一滴、落とした。

――澄み渡る琥珀色の波紋。


「……これ、のんで。……ほんとうの、しあわせ……おしえてあげる……」


忍に差し出された杯。

バルカは呪詛を吐こうとしたが、鼻腔をくすぐる究極の香りに抗えず――

吸い込まれるように飲み干した。


「…………っ!!」


杖が床に落ちる。

枯れ果てていたはずの大司教の目から、温かな涙が溢れた。


「……あ、あぁ……。懐かしい……。幼い頃、母が作ってくれた……あの温かいスープの味だ……」


権力欲に支配されていた心が、一滴の醤油によって“人間”へと戻っていく。

エルゼもまた、その香りに包まれ、神聖力の暴走を止めて泣き崩れた。



王都の夜が明け、戦いは終わった。

聖公会は解体再編され、エルゼは地方の村で“炊き出し奉仕”を命じられた。

彼女は今や、醤油なしでは生きていけない体になっていた。

王宮の中庭。

完全勝利を収めた四人の大男たちは、今、別の戦いに挑んでいた。


「忍殿、朝食だ。王宮で一番新鮮な卵を用意させたぞ。私の膝で 卵かけご飯(TKG) を食べよう」


「殿下、いい加減にしてください。忍が一番安心するのは私の腕の中です」


「おいおい、俺が混ぜてやるって言ってんだろ!醤油の加減は俺が一番知ってる!」


「……黙れ。忍の口には、私が一番に運ぶと決まっている」


三歳児の忍は、四人に囲まれ、代わる代わる運ばれてくる黄金のTKGを「あむっ」と頬張りながら、

幸せそうに目を細めた。


「……みんな……。……仲良しが……いちばんの……おかず……だね……」


その一言に、王国最強の四人は同時に崩れ落ちた。


「「「「一生ついていきます(忍様)!!!」」」」


王都の鐘が鳴り響く。

それは異端審問の合図ではなく――

新たな“美食の時代”の幕開けを告げる祝音だった。

忍は空を見上げ、小さく呟いた。


「……つぎは……なに、つくろうかな……」


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