第35話 無色の神と、旨味の子
四人の大男が幼児忍を囲んで牛丼を頬張る、あの騒がしい食卓の余韻が残る寝室に――
突如、黒衣の群れが雪崩れ込んだ。
「全員、ひれ伏せ! 大司教バルカ様のお越しである!」
先頭に立つのは聖公会の最高指導者・バルカ。
その背後には、神聖力を暴走させたエルゼが虚ろな目で浮遊していた。
「王太子殿下、諸侯の皆様。……その幼児から離れなさい」
バルカの声は、神を騙る傲慢さに満ちていた。
「その少年は“味”という毒で皆様を惑わせる魔物。聖公会は――『神権行使』を宣言します」
「神権行使だと……!?」
王太子が立ち上がるが、黒衣の信徒たちが一斉に杖を向けた。
アレックスが一歩前に出る。
「……ふざけるな。忍が魔物? 笑わせるな」
足元から闇が噴き上がる。
「この子は、お前たちが“安らぎ”の名で枯らした心に灯をともした。その灯を消すというなら――祈る暇もなく斬るだけだ」
「異端者が吠えるな!」
バルカが杖を振り下ろすと、エルゼが両手を広げた。
無色の波動が寝室を侵食し、色も匂いも音も奪っていく。
「……あう……いたい……の……」
三歳児の忍が耳を押さえてうずくまった。
「忍!!」
四人の咆哮が重なる。
レオナードが炎を纏い、ゼノスが杖を構え、王太子が剣を抜く。
「レオナード、ゼノス卿! 忍を奥へ!」
「殿下、父君を守れ!」
「アレックス、てめぇ一人で突っ込む気か!」
「……黙れ。忍の後ろに立つのは、私だ!」
アレックスの闘気とエルゼの神聖力が激突し、天井が爆ぜ、衝撃波が廊下を吹き飛ばす。
「ひゃははは! ついに本性を現したな、偽善者どもめ!」
忍の影からクリスティナが現れた。
クリスティナはかつての威厳を身に纏い、毅然と立っている。
飄々とした隠遁者の姿はそこにはない。
「忍、泣くでない。お主の“醤油”には、神の力なんぞに負けぬ“血の絆”があるわい。頑張るのであろう?ならば、見せてやれ、本当の『浄化』を!」
忍は頷いた。
グイっと忍は涙を拭い、震える手で懐から小瓶を取り出した。
「……じいちゃん。……これ、あけて……」
ゼノスが震える手で栓を抜く。
――トプン
落雷のような芳醇な香りが、無色の世界を貫いた。
「な……なんだ、この香りは……!?魂が……揺さぶられる……!」
究極の旨味を極めた 『再仕込み醤油・天の雫』。
「……おい、忍……これはまさか……」
忍は小さな拳を握りしめて言った。
「……これを……みんなの“たましい”に……かけて…… ……そうすれば……負けないもん……っ!」
ゼノスはその一滴を、アレックスの剣、レオナードの拳、王太子の胸甲へ振りかけた。
その瞬間、 聖公会の“無”が、 忍の“旨味”に食い破られた。
「……これは……温かい……光……?」
王太子が震える。
漆黒の剣が琥珀色の輝きを纏い、炎は香ばしい爆炎へと変わり、王太子の胸甲は柔らかな光を放つ。
無色の波動が揺らぎ、崩れ、黒衣の信徒たちが次々と膝をつく。
「ぐっ……腹が……減って……戦え……ぬ……!」
「なんだこの香りは……! 神聖力が……溶ける……!」
エルゼの結界が砕け散り、バルカが後ずさる。
「ば、馬鹿な……! 味が……神を……上回る……だと……!?」
アレックスが剣を構え、レオナードが炎を纏い、王太子が前に出る。
「行くぞ。忍の“旨味”を侮辱した罪……償わせる」
王宮は、信仰と食欲、そして愛がぶつかり合う、最終決戦の場と化した。




