第34話 守護者+王太子 &北部のじいちゃん、参戦
王宮の寝室は、もはや戦場だった。
壁は砕け、床はひび割れ、黒いオーラと紅蓮の魔力が渦を巻く。
その中心で――
忍は、三歳児ほどの小さな体で、ぽすんと尻もちをついていた。
「……あう……おなか……すいた……」
その声を聞いた瞬間、アレックスの瞳から理性が蒸発した。
「忍……! その姿……誰がやった……?」
声は低く震え、怒りではなく“恐怖”が滲んでいた。
アレックスは膝をつき、壊れ物を扱うような手つきで忍を抱き上げる。
忍が――
「くしゅんっ!」
小さくくしゃみをした。
その瞬間。
「……っ!!誰だ! 忍にこんな過酷な労働(料理)をさせたのは!……全方位、死罪だ!!」
寝室の空気が凍りつく。
そこへレオナードが割り込んだ。
「待てアレックス!忍の魔力がスカスカじゃねえか!……おい忍、俺の魔力を吸え!俺の炎の魔力なら、一瞬で元に戻してやる!」
アレックスが睨み返す。
「やめろ。忍の体には私の魔力の方が馴染む。……忍、私の腕の中にいろ」
「はぁ!? お前は抱き方が固いんだよ!忍が潰れるだろうが!」
「お前こそ乱暴だ。忍が焦げる」
「焦がさねぇよ!!」
寝室の空気が、別の意味で危険になり始めた。
そこへ――
「……ならん!忍の体には、私の清冽な魔力の方が馴染むはずだ!」
ゼノスがエプロン姿のまま参戦した。
「さあ忍、私がおんぶしてやろう。北の老公爵の背中は、そこらの馬車より揺れんぞ!」
(じいちゃんまで来た!?)
三人が睨み合い、魔力がぶつかり合う。
寝室の空気が震え、周囲の騎士たちは白目を剥いて倒れていく。
その時――
「……待て。命の恩人を放せ、お前たち」
完全復活した王太子が、ベッドを蹴り飛ばして立ち上がった。
覇気を取り戻し、以前よりも屈強な体躯を誇示しながら、堂々と忍に手を伸ばす。
「忍殿は、この国の救世主だ。……ならば、未来の国王であるこの私が、一番に魔力を提供するのが筋というもの……」
王太子は真剣な顔で言い放った。
「さあ、忍殿。私に抱っこされなさい」
寝室が静まり返る。
アレックスが低く呟く。
「……殿下。たとえ主君であろうと、忍を渡すわけにはいきません」
レオナードも剣を構える。
「ああ、そうだ。肉じゃがの恨み、忘れてねえからな!」
ゼノスも杖を構えた。
「中央が何だ。北の背中の方が広いわ!」
アレックス(東部)
レオナード(南部)
ゼノス(北部)
王太子(中央)
王国最強の四人が、三歳児の忍を巡って一触即発。
研ぎ澄まされた魔力に周りの者たちは誰一人として動けずにいた。
忍はぽてぽてと四人の間に歩み寄り、小さな手で四人のズボンをぎゅっと掴んだ。
「……けんか……だめ…………ごはん……たべたい……」
忍がぽそりと続けた。
その瞬間。
四人の魔力が一斉に霧散した。
「「「「……かわいい……」」」」
王国最強の四人は、同時に崩れ落ちた。
王太子がハッとする。
「……ごはん……だと?……そうだ、忍、腹が減っているのか!すぐに王宮最高の料理人を集めて……!」
王太子が勢いよく立ち上がる。
だが忍は、ぷるぷると首を振った。
「……ちがうよ。……おれが、つくった……。……みんなで、たべるの……」
忍が指差したのは、ゼノスがお盆に載せていた“予備の牛丼”と、鍋に残っている“味噌汁”。
「…………っ!!」
四人の瞳が同時に見開かれた。
次の瞬間、四人は無言でお盆のスプーンと椀を掴んでいた。
アレックスが最初に牛丼を口に運ぶ。
「……美味い。……不浄などではない。これは……残酷な愛だ」
レオナードも続く。
「……ああ、この醤油の塩辛さが……俺の魂を震わせるぜ……!」
王太子は涙を流しながら味噌汁を啜る。
「……忍殿……あなたはまた……私を救ってしまった……!」
ゼノスは鼻をすすりながら牛丼をかき込む。
「……くっ……なんという破壊力……これが……“孫の味”……!」
四人の大男が、幼児忍を囲んで牛丼と味噌汁をむさぼり、涙を流しながら幸せそうに食べている。
その光景は――
もはや異端審問でも政争でもなく、ただの 「騒がしい食卓」 だった。
忍はぽてんと座り込み、ほわほわした声で呟いた。
「……みんな……おいしい……?」
四人は同時に叫んだ。
「「「「最高だ!!!」」」」
――その時。
大聖堂の鐘が、王都中に響き渡った。
ゴォォォォォン……!
空気が震え、王宮の窓ガラスが微かに揺れる。
アレックスが眉をひそめた。
「……この鐘は……まさか……」
レオナードが剣を握りしめる。
「おいおい、嘘だろ……このタイミングでかよ……」
ゼノスの顔色が変わる。
「……“第一級異端審問”の鐘じゃ……!」
廊下の奥から、黒い法衣をまとった聖公会の高官たちが王宮を埋め尽くすように進軍してくる。
「不浄の少年は“悪魔の擬態”を行った!」
「幼児の姿は魂の未熟さの証!」
「今こそ、浄化の炎にかける時!!」
寝室の扉が、黒衣の群れによって押し開かれた。
その瞬間――
アレックス、レオナード、ゼノス、王太子の四人が同時に忍の前へと立ちはだかった。
「……忍には、指一本触れさせない」
四人の声が重なり、寝室の空気が一変する。
王都を揺るがす“料理革命”は、ここから本当の戦いへと突入するのだった。




