表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
22/37

第22話 二人目の守護者と、目覚めの熱

 三歳児まで縮んでしまった忍は、お腹が満たされた安心感と、味噌の仕込みで完全に使い果たした気力の反動に抗えず、ついに限界を迎えた。


 こくり。


 船を漕いでいた小さな頭が、ゆっくりと傾き――


 ことん。


 あろうことか、天敵(アレックス談)であるレオナードの膝の上に、そのまま倒れ込んだ。


「……は?」


 レオナードは固まった。


 戦場で数千の兵を率い、魔獣の群れの中を笑いながら突っ込む男が、今、微動だにできずにいる。


「お、おい……寝ちまったぞ……」


 恐る恐る、自分の膝の上を見る。


 そこにいるのは、「厨房の暴君」ではない。


 ただの――柔らかくて、温かくて、壊れそうな、小さな子供だった。


「なんだ、この軽さは……」


 そっと触れた肩は、驚くほど細い。


 少し力を入れれば折れてしまいそうで、レオナードは思わず手を止めた。


(俺は、魔獣の首を素手でへし折ったこともあるってのに……)


 なのに今は、この小さな存在を動かすことすら躊躇っている。


「……忍を返せ、レオナード。今すぐだ」


 低く、凍てついた声。


 アレックスだった。


 剣の柄に手をかけたまま、レオナードを睨んでいる。


 その目は本気だ。


 本気で、「膝の上の三歳児」を奪還する気でいる。


「馬鹿言うな」


 レオナードは鼻で笑った。


「今動かしたら起きるだろうが」


「起きればいい。私の腕の中で起きればいい」


「お前は鬼か」


「守護者だ」


 即答だった。


 レオナードは呆れたように息を吐き、再び忍を見る。


 すう、すう、と規則正しい寝息。


 完全に熟睡している。


「……魔力が空っぽだな」


 その瞬間、アレックスの空気が変わった。


「……何だと」


 レオナードは、忍の背に手を当てた。


 驚くほど冷たい。


 まるで、灯火が消えかけているようだった。


「ちっ……無茶しやがって」


 レオナードは舌打ちし、小さな背に、そっと魔力を流し込んだ。


 瞬間。


 空気が変わった。


 溢れ出したのは、太陽だった。


 熱。


 光。


 生命の奔流。


 アレックスの魔力が「静かな月光」だとすれば、レオナードのそれは「真昼の太陽」だった。


 奔放で、荒々しく、それでいて力強い。


「――っ」


 忍の身体が淡く輝いた。


 ぶかぶかだった服が、内側から持ち上げられる。


 小さかった手が伸び、


 腕が、


 身体が、


 瞬く間に成長していく。


 レオナードは思わず目を見開いた。


(……なんだこれは)


 自分の魔力が、こんなにも素直に受け入れられている。


 拒絶も、反発もない。


 まるで――最初から、ここに流れることが決まっていたかのように。


「……ん……」


 忍のまぶたが、ゆっくりと開いた。


「……あつ……い……」


「よお、お目覚めか、小さな暴君」


「……レオナードさん……?」


「っ……」


 小さな手で目をこすり、ぼんやりとした視線をレオナードに向けた。


 そして次の瞬間。


「忍!」


 忍の身体が、強引に引き寄せられた。


「うわっ!?」


 アレックスだった。


 忍を自分の胸に抱き込み、レオナードを睨みつける。


「……私の魔力以外で戻るなど、認めん」


「いや戻っただろう」


「戻りましたけど?」


「認めん」


「現実を見ろ」


「認めん」


(あんたは子供か……)


 忍は内心で突っ込んだ。


「忍。二度とこの男に触れさせるな」


「えっ、なんで!?」


「汚染される」


「何で僕は温泉みたいな扱いなの!?」


「いや、忍、汚染な」


なぜか訂正するレオナード。


「ひゃひゃひゃ!」


 笑い声が響いた。


 振り返ると、クリスティナがいた。


 いつの間にか、そこに。


「見事じゃな、レオナード」


「何がだ?」


「お主、守護者として認められたのじゃよ」


「は?」


 レオナードは眉をひそめる。


 クリスティナは楽しそうに続けた。


「東の盾アレックス」


クリスティナがアレックスを指す。


「南の矛レオナード」


今度はレオナードを指した。


「忍を守る、左右の守護者が揃ったというわけじゃ」


「はっ、なんだそれ」


レオナードは豪快に笑った。


「面白ぇ」


そして忍を見る。

その目は、太陽のように眩しく、どこか挑発的だ。


「どうする、坊主いや、忍。月みてぇに陰気な男と、太陽みてぇに楽しい男。選ぶならどっちだ?」


「誰が陰気だ」


「お前しかいねぇだろうが」


「殺すぞ」


「やってみろ」


「ひゃひゃひゃ、おお、いいぞ、やれやれ」


「ストーップ!? おばあちゃんも煽らない!」


忍は二人の間に割って入った。

二人の殺気がぶつかり合う空気の中で、忍だけが妙に冷静だ。


「だいたい、僕は守られるために来たんじゃない!」


二人がピタリと止まる。

忍は真剣な顔で言った。


「美味しい味噌汁を作るために来たんだ!」


「「…………」」


沈黙。


「ひゃひゃひゃっ、そうじゃったな、忍」


クリスティナは愉快気に笑った。


「……忍」


アレックスが静かに言う。


「私は守る」


「俺は食う」


レオナードが胸を張って言う。


「まさかの目的が違う!?」


忍が頭を抱える。

クリスティナは感心したように


「うむ、さすが、食で領財政を潰しかけた男じゃ。ぶれぬな」


「そして、守る」


そのとき、アレックスがそっと忍の手を握った。


「え?」


忍が首を傾げる。

アレックスは目を伏せ、低く、しかし確かな声で言った。


「……無自覚に、すべてを奪っていく」


魔力も、心も、理性も。


(そんな気はないんだけどなぁ……)


忍は困ったように笑った。


「……味噌が完成したら、味噌汁、飲む?」


「飲む」


「飲む」


即答だった。

月と太陽。

正反対の守護者を従えながら、忍の異世界生活は、ますます騒がしくなっていくのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ