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第18話 過ぎ去りし日の林檎と、街道の掘り出し物

 南へと向かう馬車は、緩やかな丘陵地帯を抜けていた。

 道中、忍は「社会見学」の名目で、時折馬車を止めさせては街道沿いの露店を覗き込んでいた。


「これ、なんの実? すごく酸っぱいけど……」


何かを考えこむ忍にアレックスが咎めるように声をかけた。


「忍、そんな得体の知れないものを口にするな。毒があったらどうする」


「毒はないよ、アレックスさん。……ボリス、これ、安くまとめて買えるかな?」


 忍が目をつけたのは、地元の人ですら「酸っぱすぎてジャムにするのも一苦労」と敬遠する、小ぶりで硬い**『クインの実』**だった。

 

(見た目が、かりんに似ているな……かりんって咳止めになったよね)


 忍は馬車の中にある簡易調理台を使い、手際よく実を蜂蜜と少量の香辛料で煮込み始める。


「冷めれば美味しい『クインのコンポート』になるよ。旅の疲れには、この酸味が一番なんだから」


 「何でも料理に変えてしまうのだな」と呆れつつも、忍が楽しそうに作業する姿を、アレックスは眩しそうに見つめていた。



 その夜。魔導障壁で守られた豪華なテントでの野営中。

 忍は、焚き火の傍らで遠くの闇を見つめていたクリスティナに、昼間作ったコンポートを添えた紅茶を差し出した。


「おばあちゃん、お疲れ様。これ、食べてみて」

「……おぉ、ありがとの。忍よ」


 クリスティナは温かい紅茶を啜り、ふと視線を古い石畳の街道へ向けた。

「この辺りは、昔はもっと林檎の木が多かったのじゃ。……百年ほど前、儂がこの国に来たばかりの頃は、見渡す限りの白い花が咲いておってな。あの香りは、今でも忘れられん」


 忍は、その言葉に胸を突かれた。

 自分はまだ、この世界に来て数日だ。けれど彼女は、自分と同じ「異邦人」として、この地で百年以上という時を過ごしてきたのだ。


「……寂しくなかった? 元の世界のこと」


「ひゃひゃ、寂しくないと言えば嘘になる。じゃがな、忍。美味しいものを食べ、愛する者を見つければ、そこが新しい故郷になるもんじゃ。……お主は、あの重たい男が胃袋を掴まれて、一時も離さないようじゃしな」


「掴んでるのは僕の方だけど、過保護は、ちょっと…いや、ふつうに鬱陶しいかも!」


 忍が照れ隠しに言い返すと、クリスティナは慈愛に満ちた目で忍を見つめた。


「お主が作る料理には、食べた者をこの世界に繋ぎ止める力がある。……南に行けば、もっと多くの『縁』が待っておるよ。楽しみじゃな」


テントに戻ると、案の定、アレックスが待ち構えていた。


「忍、遅い。冷えたのではないか?」


 すぐさま毛布に包まれ、アレックスの逞しい腕の中に引き込まれる。


「大丈夫だよ、おばあちゃんと話してただけ。……ねえ、アレックスさん。僕、南に着いたらもっと頑張るよ。美味しいものをいっぱい見つけて、みんなを驚かせたいんだ」


 アレックスは、忍の柔らかな髪に顔を埋め、深く息を吸い込んだ。


「……ああ。君の望むものはすべて私が手に入れよう。だが、約束してくれ。……あまり遠くへは行かないと」


 魔力供給という名の密着。

 アレックスの心臓の音を聞きながら、忍はクリスティナの言葉を思い出していた。

(美味しいものを食べて、愛する人を見つければ、そこが故郷になる……か)


 今はまだ、自立することに必死な忍だったが、その心には少しずつ、この「重すぎる守護者」と共に歩む未来が、温かなコンポートのように溶け込み始めていた。


「……まずは明日。街道の次の村で、また新しい食材、探してみようっと」


「……まだ買うのか? 馬車が食料品店になりそうだ」


 忍の明るい笑い声が、夜の森に響く。

 一行はついに、潮の香りが漂い始める南西部の境界へと差し掛かろうとしていた。

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