第15話 黄金の粒と、絶望の魔力鑑定
忍のただならぬ気勢に、アレックスは慌てて馬車を止めさせた。
馬車の扉が開くのも待てず、勢いよく飛び出すと――
市場の雑踏へ一直線に駆け出した。
「忍、待て! 転ぶぞ!」
焦った声が背後から飛ぶが、忍は聞いていない。
石畳の上には、焼き菓子の甘い匂い、香辛料の刺激的な香り、魚の匂い、パンを焼く香ばしさが入り混じり、商人たちの掛け声が飛び交っている。
その中で、忍の鼻がピクリと動いた。
(……この匂い……まさか……!)
次の瞬間、忍は市場の片隅にある小汚い穀物店へ猛ダッシュした。
アレックスが追いついたとき、忍は店先の樽に突っ伏していた。
そこには――
茶色い籾殻が混ざった、小粒で薄茶色の「石のような粒」が山積みになっていた。その横では何かが炊かれ、嗅いだことのない匂いが辺りに漂っていた。
「これ……これ、玄米だよね!?なんでこんなところに無造作に……!」
忍は狂喜乱舞しながら粒を撫で回す。
店主は若干引き気味に眉をひそめた。
「ああ、それは『鳥の餌』だよ。炊いてもボソボソしてるし、変な匂いもあって食えたもんじゃない。南の領地じゃ家畜に食わせてるらしいが、この辺じゃ誰も買わねえ。うちも間違って仕入れちまって大損だ」
「家畜の餌だとぉぉぉ!?」
忍の叫びが市場に響き渡る。
「これがどれだけ偉大な食材か分かってないのか!精米して、洗って、浸水させて、炊き上げれば……!」
忍はアレックスの手をガシッと掴んだ。
「アレックスさん、お願い!これ、店にあるやつ全部買い取って!」
「忍、落ち着け。……分かった。誰か、店ごと買い取れ」
「えっ、店ごとはいらないからっ!」
店主は忍の勢いに完全に気圧され、聞かれてもいないのに南の領地(南西部)にはもっと色々な「得体の知れない食材」があると白状した。
(南に行けば、味噌や醤油の原料があるかもしれない……行きたい、南へ行きたい!流通系に就職すれば行ける?)
忍の瞳に、かつてない野望の火が灯った。
玄米との再会に興奮冷めやらぬまま、一行は鑑定のために教会へ向かった。
教会はゴシック様式で建てられ、高い天井、尖塔アーチ、飛梁、そして光を取り込む巨大なステンドグラスが荘厳な雰囲気を醸し出している。
忍の玄米熱も、徐々に神聖な空気に押されて落ち着いてきた。
(……もしかしたら、実はものすごい魔力があって自立できるかも)
淡い期待を胸に、忍は鑑定の魔道具に小さな手を置いた。
淡い光がふわりと立ち上がる。
光が収まると、神官が魔道具を覗き込む。
神官は覗き込んだ顔を上げ、忍の顔見て再度魔道具に顔を落とした。
コホンと咳払いをひとつ。
神官は事務的に読み上げた。
「……えー、魔力値、少なすぎて測定不能。はい、生まれたての赤子より少ないですな」
しーん、と静まり返る教会。
「……測定不能?僕の魔力、赤ちゃんより少ないって……ゴミすぎない……?」
忍は真っ白に燃え尽き、膝から崩れ落ちた。
一方でアレックスは――
(……少なすぎて測定不能。素晴らしい。これならば、私の供給がなければ一日と保つまい。一生、私の腕の中で生きていくしかない)
背後に“ほくほく”としたオーラが立ち上っていた。
アレックスは絶望する忍を優しく(そして非常に力強く)抱き上げ、耳元で甘く囁いた。
「残念だったな、忍。だが心配はいらない。私がいる。一生、君に魔力を注ぎ続けてあげよう」
「……アレックスさん、今、絶対ニヤけてるよね?何がそんなに嬉しいんだよ!?」
「まさか。君の将来を案じて、胸が痛む思いだよ」
(嘘つけ! 声が弾んでるぞ!)
自立への道が遠のいた忍と、勝利を確信したアレックス。
二人の温度差は、さらに広がっていくのだった。




