第14話 働きたい忍 vs 働かせたくない領主
翌日。
アレックスが用意した外出着を見た忍は顎を外しかけた。
レースのついたシルクのシャツにベルベットのジャケットとひざ丈のパンツ。銀糸がふんだんに使用されたジャケットはタイトながらもエレガントなスタイルになっていた。
いま着ている服も高級過ぎて、G○やH○M愛用者の忍にとっては精神的に負担だったが目の前の服は触ることすら憚られる。
(誰が着るの……)
アレックスをちらりと盗み見ると上機嫌だ。
「…えっと、これは誰がきるのかな…?」
ダメもとで聞く。
「きっと忍に似合うな」
やっぱり、僕なのかぁ……と、忍は遠い目になった。
着ないと外出禁止になりそうで、忍は震える手で着替えた。
少し片付けたいことがあるといい、アレックスは忍が着替えている最中に席を外した。
汚さず、破らず気をつけてを念仏のように頭の中で唱え、アレックスの執務室へと向かった。
重厚な扉を叩き、部屋の中からの応えを待っていると、すぐに扉が開かれた。
深い飴色の木肌の高さのある書棚、繊細な刺繡が施された布張りのカウチ、彫刻が施された趣のある大きな机。それらは静謐な室内に溶け込んでいた。
アレックスは高い背もたれの椅子に座り、書類にサインをしていた。
最後の1枚に目を通し終えたアレックスが着替えた忍の姿に目を細める。
「似合うな…… 忍、やはり、働く気は変わらないか?」
「いつまでもあると思うな、親と金。今は良くても、アレックスさんに愛想尽かされたら僕はこの世界で野垂れ死ぬしかないでしょ? 手を打つなら早いうち。今から備えとけば万全だし」
鼻息を荒くする忍に、アレックスは困惑した表情を浮かべ、少し意地悪な質問を投げかけた。
「しかし、働くといっても……忍は読み書きはできるのかな?」
その言葉に、忍は凍りついた。
……文字。そういえば、異世界だった。
「えっと ……いまさら、本っ当にいまさらなんだけど、日本語で会話してるよね、僕達」
「いや、忍も私もこの国の公用語であるランディア語を話しているが?」
(異世界転移のお約束、翻訳機能きたーー!!)
忍は興奮気味に、アレックスが持っていた報告書をひったくった。
「文字を見せて! 多分、イケる気がするから!」
報告書を凝視する忍の手が、フルフルと震え始める。
(よ、読める……! 見たこともないミミズが踊りまっくているみたいな文字なのに、脳内で勝手に変換されるぞ。えーと、各地の小麦の収穫報告……って、おい)
「アレックス、僕、文字も読めるみたい。……あと、ここ計算ミスしてるよ」
「まさか」
アレックスが忍の指差す箇所を確認すると、確かに合計値が合っていない。
「これで働くことできるよね! 僕、事務職もいける口だよ!」
得意げに胸を張る忍。しかし、アレックスの瞳に宿ったのは称賛ではなく、もっとドロリとした「痛ましさ」だった。
「思ったのだが……忍。私の目には、君が焦っているように見えるよ。なぜそんなに急ぐ? この世界に来てまだ数日だというのに」
「急いでなんか……」
アレックスは、困り顔の忍を壊れ物を扱うようにそっと抱きしめた。
「忍、心配しなくていい。君が文字を読めようが、計算ができなかろうが、私の愛は変わらない。君はただ、ここで笑っていればいいんだよ」
その言葉と共に、アレックスの大きな手が「ポン、ポン」と忍の背中を優しく叩く。
だが、その眼差しは愛おしさを通り越し、まるで宝物を地下室の奥深くに隠してしまいたいと願う者のような、昏い情熱すら孕んでいた。
(いや、話を聞け重騎士!! 僕はただ自立したいだけなんだってば!!それにそのセリフ……)
「……アレックスさん。あのさ、言いたくはないんだけど、今の発言、控えめに言ってもだいぶヤバいよ?」
忍が胡乱げな目を向けた。
「忍の言うとおりじゃ。やれやれ、ここまでくると過保護を通り越し、もはや監禁レベルに近い発言じゃぞ、領主殿」
呆れたような、だが楽しげなクリスティナの声が割って入った。
「クリスティナ様! 私は決してそのような……!」
心外だと言わんばかりにアレックスが顔を上げるが、クリスティナは「ひゃひゃひゃ」と意地悪く笑う。
「そうかぇ? ならば、早う街へ出て、忍にこの世界を見せてやることじゃ。忍、お前さまは己の目でしっかりと見てくるのじゃぞ。領主殿は何がこの子に足りぬのか。あるいは、何がこの子を縛ろうとしているのかをな」
クリスティナの「からかい」と「警告」を含んだ言葉に、アレックスはぐぬぬと喉を鳴らして沈黙した。
忍は「おばあちゃん、ナイス」と心の中で親指を立てる。
「……分かりました。ビンセント、今から城下町へ行く、用意を。忍は私の側を絶対に離れないと約束しろ。いいな?」
「もちろん」
石畳の道の両脇に立つ木材やレンガの建物。中世ヨーロッパを彷彿とさせる街並みが馬車の窓から見えた。
出発前はわくわくしていた忍だが、いまはどうしてこうなったと困惑気味だった。
城下町へと繰り出し、馬車の中から外を見て忍は驚愕した。
「……ねえ、アレックスさん。あそこに隠れてる騎士の人たち、何?」
「何のことかな。……ああ、きっと偶然、演習中の者たちが通りかかっただけだろう」
偶然にしては、忍が馬車の窓から顔を出すたびに十数名の精鋭が周囲の不審者を一斉に睨みつけている。もはや視察というより、重要閣僚の移動だ。
(これ、監禁レベルに近いじゃん……)
最高級の馬車、周囲を固める精鋭の騎士たち。その中心の馬車の中で、忍はアレックスの膝の上にしっかりと固定されていた。
視察という名の「大名行列」。
頭に浮かんだその言葉に忍はめまいを覚えた。
「……あの、アレックスさん。街を歩くって言ったよね? なんで僕、馬車から降ろしてもらえないのでしょうか?」
「外は埃っぽいし、人混みは危険だ。まずは馬車の中から街の様子を見なさい」
(埃で死なないって。これじゃサファリパークの檻の中だよ!)
忍が胡乱げな目を向けていると、馬車が市場の入り口に差し掛かった。そこで、忍の鼻腔を「ある匂い」がくすぐった。
「……っ! アレックスさん、止めて! 今すぐ降ろして!」




