第13話 天使の自立宣言と、過保護な守護者の絶望
魔力供給という名の「濃厚な添い寝」を終えた翌朝。
アレックスの腕の中からどうにか這い出した忍は、その後の“着替え攻防戦”をどうにか制した。
……ただし、抱っこだけは頑として譲ってもらえず、結局アレックスに抱えられたままダイニングへ向かうことになった。
朝食は、昨日までとは比べものにならないほど豪華で美味しく、忍はその激変ぶりに思わず目を丸くした。
(……いや、これ絶対、アレックスさんが張り切ったやつだ)
そんなことを思いながらも、忍は久しぶりに“ゆっくりとした朝食”を楽しんだ。
食後は、陽の光が差し込むサロンで、温かいお茶を飲みながらの穏やかな時間。
忍は、アレックスの機嫌が落ち着いたのを見計らい、意を決して切り出した。
「アレックスさん。僕、いつまでもこうして甘えてるわけにはいかないと思うんだ、男だし。だから、働きたい。仕事を探すよ」
祖母や母から叩き込まれた
「働かざる者食うべからず」
「備えあれば憂いなし」
「無為徒食、飽食終日、成人病」
「いつまでもあると思うな親と金」
と、庶民的英才教育を受けてきた忍にとって、今のニート生活は、いつ崩れるかわからない砂上の楼閣のように落ち着かない。
カラン、と銀のスプーンが床に落ちた。
アレックスは、まるで「世界が明日滅びる」と言われたかのような顔で忍を見つめていた。
「……働く? 忍、今何と言ったんだ?」
「だから、仕事、労働、勤労。ボリスのところで下働きでもいいし、街で何か探してもいいし。自分の食いぶちくらい、自分で稼ぎたいんだ」
「認めない。断固として認めないぞ!!」
アレックスがテーブルを叩いて立ち上がった。
その気迫に、周囲のメイドたちがビクリと肩を揺らす。
「……私の隣にいることが、君の役目だ」
「それはアレックスさんが決めることじゃない」
忍は、はっきりと言った。
「忍、君はまだ幼いんだ!外の世界には君を拐おうとする不届き者や、君のその清廉さを利用しようとする悪党が五万といる。君の小さな手が荒れるのも、その白い肌が汚れるのも、私は絶対に許さん!」
「いや、見かけは子供だけど、中身は十七歳だからね。それに、ずっとこの屋敷に引きこもってるなんて、僕の性分に合わないんだよ」
「……っ。私と一緒にいるのが、不満だというのか……?」
急にアレックスの声が震えた。
捨てられた大型犬のような悲壮感を漂わせるその姿は、重い。
過保護という名の愛が重すぎて、物理的な圧力すら感じる。
忍は、静かに口を開いた。
「……アレックスさん」
「……なんだ」
「守られているのは、嬉しいです」
アレックスの呼吸が止まる。
忍は続けた。
「でも」
一度、唇を結び、アレックスの顔を見て、真っ直ぐに言った。
「それだけじゃ、嫌なんだ」
沈黙が落ちた。
部屋の空気が、ピーンと張り詰める。
「……嫌、とは」
低い声だった。
忍は、少しだけ笑う。
「だって、格好悪いじゃないか……」
自嘲気味に、自分の小さな手を見る。
「守られてるだけなんて」
そして、顔を上げた。
「役に立ちたいんです」
守られるだけじゃなく。
並んでいたい。
役に立ちたい。
ここで、ひとりでも生きていきたい。
その願いを言葉に乗せる。
アレックスは、長い間、黙って聞いていた。
やがて、ゆっくりと目を伏せた。
「……君は、残酷だな」
「え?」
忍は首を傾げる。
意味が分からない。
アレックスは、それ以上説明しなかった。
代わりに、忍の手を取る。
大きな手の中にすっぽり収まる小さな手は、壊れてしまいそうなほど脆い。
守るべきもの。
守らなければならないもの。
――なのに。
「ひゃひゃひゃ! いい加減に見苦しいぞえ、領主、いや、アレックス殿。氷竜候といわれている者が、情けないのぉ」
優雅に紅茶を啜っていたクリスティナが、助け舟を投下した。
「領主殿。若者を閉じ込めておくだけでは、いつか心まで枯れてしまう。まずは『社会見学』をさせてやるのが筋というものじゃ。街へ出て、己に何ができるか、何が足りぬかを知るのも一つの手じゃな。
……まあ、できなければ諦めて大人しく守られることじゃ」
「さすが、おばあちゃん、ナイスフォロー!」
「クリスティナ様……しかし、忍を一人でなど……!」
「誰も一人で行けとは言っておらん。お主が護衛としてついていけばよかろう。ついでに教会へ寄って、この子の魔力が現在どうなっているか鑑定もしてもらえ。自立を語るなら、まずは己の器を知らねばな、忍」
クリスティナの提案に、アレックスは「護衛という名の監視ができる」という点に活路を見出したのか、
しぶしぶと頷いた。
「……分かりました……明日、私が付き添って城下町へ行く。だが忍、私の側を絶対に離れないと約束しろ。いいな?」
「はいはい、了解」
……よし、まずは第一関門突破。
保護者同伴だけど街の偵察だ。
忍が働きたいなどと言い出した。
冗談ではない。
あんなに可愛らしく、危うい少年を、
誰の目にも触れる屋外へ放り出すなど正気の沙汰ではない。
(……だが、クリスティナ様の言うことも一理ある。鑑定の結果、魔力が『無』に等しいと分かれば、忍も諦めるだろう。この世界で一人で生きていくことの厳しさを、身をもって分かれば……)
私は、明日の「外出」に向けた警備計画を練り始めた。
忍の周囲十メートルを精鋭の伏兵で囲ませ、不審者が一歩でも近づけば即座に捕縛、排除する。
(忍。君は、何も心配しなくていい……魔力が無いと分かれば……)
ほの暗い喜びを胸に、忍の小さな身体に合う最高級の外出着を選ばせることにした。




