3-2 いや待て待て待て待て
「〝炉〟って……待った。それ、こいつも聞いていい話か?」
聞こえた単語の不穏さに気づいて、ムジカはアルマに確認した。呼ばれたリムはきょとんと首をかしげているが……
〝炉〟というのは、浮島の最深部にある浮島の動力源のことだ。それはメタルと同質の技術を持って生み出された、とされている。ムジカはひょんなことから知ってしまったが、それは本来なら管理者と調律者の一族しか知ることの許されない禁忌のはずだった。
アルマは真面目な話が始まったためか、先ほどまでのどこか浮ついたような様子は鳴りを潜めている。真剣な顔で頷いて、こう言った。
「ああ。昨日、リム君と話をしてね。あの日のことはだいたい話してあるよ」
「〝炉〟のこともか? 知るだけで死を望まれる知識じゃなかったのかよ?」
「リム君は管理者の血統だろう? 彼女は知っていても問題はないし、知っておいたほうがいいよ。既に関係ない身だったとしてもね」
それに、とアルマは苦笑交じりに、
「君が知っている話を、彼女が知らないのは不誠実だと思ったんだよ」
「不誠実って……」
そんなもんか? とリムを見やると、彼女は眉根を寄せてこちらを見つめてへの字口。どうやらアルマと同意見のようで、こちらが何も教えていなかったことがよほど不満だったらしい。
嫌な圧から逃げるようにアルマに視線を戻すと、アルマはあっけらかんと、
「事件のあらまし、君を巻き込んだ経緯に、またその関連知識。君に教えたことはあらかた教えてあるよ。危険な知識だということはリム君ももう知っている。だから大丈夫さ」
「……へいへい」
としか言いようがない。微妙な顔をして視線をリムに戻せば、彼女はえへんとでも言いだしそうな顔で胸を張っていた。
傍にいたのならデコピンをかましたくなる顔だが……
「それで? 結局、〝炉〟で何したいって?」
ため息をつくと、ムジカは話題を戻した。
それに対するアルマの返答が、これだった。
「ああ。そのことだが……今回の事件に関係する、全てのデータを消去したいんだ。完璧に、痕跡一つ残さず」
「……おい?」
流石に予想外過ぎた発言に、ムジカは思わず眉根を寄せた。それは今現在、アールヴヘイムのノーブルが何故スバルトアルヴを調査しているのかという目的と真っ向から対立するものだ。
スバルトアルヴが何故滅んだのか。どうして航路を目指したのか。行っていたメタルの研究――それらすべてをアルマは消すという。
調査隊が知ろうとしているそれを消そうというのだ。調査隊にケンカを売るようなものだが。
アルマは気にした様子もない。あっけらかんとこう言った。
「悪いが、アールヴヘイムの連中なんて眼中にないよ。いらない知識を余所者に知られることのほうがマズい――し、なんならもう表層のレベルはラウル講師が消去済みのはずさ」
「……ラウルが?」
「あの日、私を〝炉〟から運び出してくれたのは彼らしいからね……彼が今回の件を私と同程度に危惧してくれていたのなら、必然的にそうしている」
ここでほんの少しだけ、アルマは落ち込んだような顔をした。自分の失敗を責めるような顔だが――
すぐに切り替えると、先を続ける。
「ただ、彼にできたのはあくまで管理者としての操作までのはずだ。浮島の基幹システムは、調律者にしか触れることのできない領域がある――ラウル講師が傭兵団として今回の件を受けたのは、それを私に消させるためだと踏んだのさ。そうでなくとも、私はそのために君たちについてきたわけだけれど」
「……なんか、事情が入り組んでるのはよく分かったよ」
ポカーン顔のリムと顔を合わせてから、そう答える。
と、リムが何か気付いたらしい。アルマに向かって声を上げる。
「アールヴヘイムにも調律者はいますよね? その人がもう調査しちゃってたらどうするんですか?」
「そこなんだが……システム深部の保存領域は、調律者であっても簡単にはアクセスできないんだよ。今となっては、才覚がものを言う領域でね……一週間も調査が長引いているということは、アールヴヘイムの調律者はその存在を知らないか、まだアクセスできていないと見ていい」
「だから、今のうちにデータ消して迷宮入りさせちまおうって? 恨まれるぜ? んなことバレたら」
「仕方ない。ろくに知識もない人間が、生半可に知ってしまうことのほうが危険だよ」
その末路がスバルトアルヴだよ、と。ため息のようにアルマが言う。
その言葉に想起されて、ムジカはぽつりとつぶやいた。
「……そういや連中、ゼロポイント目指してたんだっけか」
この空の座標の基準となる中心点。そこにはかつて滅んだ古代王国がある――そして王国を滅ぼした元凶、オリジナル・メタル・ユニットが。
そのユニットを破壊する、それこそが管理者たちの悲願だ。この空が在る理由でもある――そしてスバルトアルヴはそのための力として、メタルに目を付けた。メタルを研究して制御可能だと誤解して増殖させた、その末路がメタルハザードだ。
そして、その対価としてスバルトアルヴは滅んだ……それが、先日の事件の大筋だが。
ムジカの呟きを拾うと、アルマはため息をついてから、
「そうだね……連中が何でそんなことをしたのかはもはや闇の中だが。自分たちだけでやりきれると過信した。本来待つべき時を待たず……それと同じことを、他の連中に繰り返されたらたまったものではないからね」
「適格者を待たず、自分たちだけでオリジナル・メタル・ユニットを破壊できると過信しないように?」
「そうだよ。幸か不幸かアールヴヘイムの管理者たちは、自分たちの役割の〝理由〟そのものを失伝しているようだからね。何も知らなければ、無茶だってしようもないだろう――……って、え?」
そこでふと、アルマが驚いたように言葉を止めた。
ぎょっとした顔でこちらの顔を覗き込むようにして、唖然と聞いてくる。
「助手よ。なんでキミが適格者のことを知ってるんだ?」
「なんでって。説明してたし。誰だか知らんがアーサーってやつが」
「アーサーって……いや待て待て待て待て。本当に待て! アーサーってアレか? 金髪碧眼の優男?」
「おう」
ついでに言うなら、ムキムキすぎない程度に筋肉質の。そろそろ記憶も朧気になってきているが、確かそんな容姿だったはずだ。
何故か顔をこわばらせるアルマにきょとんと首をかしげていると、彼女は恐る恐るこう呟いた。
「……なんでキミが、アーサーの〝遺言〟を知ってるんだ?」
3-2章更新です。
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