↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転移した金融マン、国庫金貨46枚の王国を帳簿と現代金融で立て直します  作者: rorenji


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/17

王冠についた借金

 王冠は、金でできていなかった。


 銀色の細い輪に、黒い石が7つ嵌め込まれている。飾り気はなく、直人には王の権威より、契約室の天秤を思わせた。


 それを載せた盆を、リヴィアが両手で運んでいる。


 評議会の扉が開くと、10人ほどの男たちが一斉にこちらを見た。


 長机の奥に宰相、左右に大臣と有力貴族。先王の席だけが空いていた。


「異界より招かれた監査人、三崎直人殿であるな」


 宰相が告げた。


「はい」


「まず、王国を救うため来訪されたことへ感謝する」


「私は自分で来たわけじゃない。それに、この国を救うと決めたわけでもない」


 室内に小さなざわめきが走った。


 直人の右手で、リヴィアがごくわずかに息を呑む。


 宰相は咳払いした。


「契約には監査人が王国の将来を選ぶとある。ついては王冠をお持ちした」


「なぜですか」


「選択肢の1つを、速やかに実行できるようにするためだ」


 直人は列席者を見渡した。


「国内から新王を推薦する選択肢もあります。候補者はどこですか」


 誰も答えなかった。


「昨夜、3人が辞退したと聞きました。ここには、王国を運営してきた方が10人ほどいる。それでも候補者はいない?」


「王位には血統が必要だ」


 左側の席から声がした。


 幅の広い肩、銀の刺繍を施した深緑の上着。50代半ばに見える男が、直人を値踏みするように見ている。


「ボルガン侯爵である。先王陛下の宮内長官を務めていた」


 男は名乗っても頭を下げず、椅子の背へ深く身を預けた。


「最後の監査契約は、身分と血を問わないそうですが」


「非常時の古い文言だ。民が受け入れる王には、正統性が要る」


「異世界から来た私には、その血統がない」


 直人が静かに返すと、ボルガンの口元に薄い笑みが浮かんだ。


「建国王の契約が選んだという正統性がある」


 便利な理屈だった。


 国内の者が王になるときは血が必要で、直人へ押しつけるときは契約で足りる。


「即位の前に、ヴェスパー商会との契約書を確認します」


 ボルガンの眉が動いた。


「支払期限は迫っている。まず王位を安定させ、それから――」


「順番が逆です。借金の中身を隠したまま、先に王冠だけかぶせるつもりですか」


 直人はリヴィアへ目を向けた。


 彼女は用意していた革筒から、厚い契約書を取り出した。


「原本です」


「なぜ、それを持っている」


 ボルガンの声が低くなった。


「監査人には、すべての契約書を開示する条件がございます」


「評議会は条件を承認していない」


「最後の監査契約が閲覧権を認めています」


 リヴィアの声は震えなかった。


 昨日、自分が関わった改竄を告白した女性とは思えないほど、静かだった。


 直人は契約書を机へ広げた。


 羊皮紙は9枚。各頁の綴じ目に、先王とヴェスパー商会代表の契印が押されている。改竄がないことを示す淡い赤い光が残っていた。


 借入元本は金貨8,000枚。洪水復旧と流行病対策で、さらに2,500枚を借りている。


「借りたのは合計10,500枚。それが利息と手数料で12,000枚ですか」


「はい。先王陛下が亡くなられたため、返済日まで早められました」


 リヴィアは契約書の細い一文を爪先でなぞった。声には、何度読んでも納得できない硬さが残っていた。


「期限前倒し?」


「王位が空位となった場合、残る支払期限を失う条項です」


 リヴィアが該当箇所を指した。


 本来なら、追加借入の一部はあと2年待ってもらえた。それが先王の死で、すべて7日後の請求に変わったのだ。


 直人は次の頁をめくった。


 担保は王領3か所と東西街道の通行料徴収権。


 さらに、その下に小さな文字が続いていた。


「第18条の3。王位承継者は、即位をもって本契約上の全債務を連帯して保証する」


 直人は声に出して読んだ。


「保証財産には、承継前から保有する領地、動産、商業上の権利および一族共有財産を含む」


 室内が静まり返った。


「新王は国の借金を自分の財産でも保証する。候補者3人はこの条項を見て逃げたんだ」


 宰相が重くうなずいた。


「その事情があるから、誰も王位を望まぬのだ」


「では、私が即位すれば、何を保証するのですか」


「異界での財産を商会が差し押さえることはできまい」


 ボルガンが答えた。


「この世界では無資産。失う領地も一族財産もない。契約が求める王として、これほど適した者はいない」


「王に向いているんじゃない。借金を押しつけるのに都合がいい、という意味ですね」


 直人の言葉に、評議員たちの衣擦れが一斉に止まった。


「国が存続すれば、民が救われる」


「私1人に借金を背負わせれば、皆さんは自分の領地を守れる?」


 ボルガンは答える前に、王冠へ一度だけ目をやった。


「契約も、自ら損を負える者を選んだのであろう」


 直人はようやく、なぜ王冠が自分の前へ運ばれたのか分かった。


「私には、この国で取られる土地も家もない。だから王にしても、皆さんの領地は巻き込まれない」


 答える者はいなかった。


「返せなければ王領と街道は商会へ渡る。それでも、皆さんの家は残る。そういうことですね」


 ボルガンだけが、直人から目をそらさなかった。


「1つ、確認します」


 直人は王冠を見た。


「私が王国解散を選べば、債務はどうなる?」


 宰相の顔が強張った。


「資産を売却し、債権者へ分配することになる」


「担保以外の王領、宮内局が管理する財産、国から収入を得ている契約も整理対象ですか」


 宰相は答えを避けられないと悟ったように、ゆっくり顎を引いた。


「当然だ」


「ボルガン侯爵家が管理する王領も?」


 ボルガンの目が細くなった。


「先王陛下より我が家へ管理を任された土地だ」


「所有権は王国にあると確認しました」


 直人が帳面を開くと、ボルガンの指が机を強く叩いた。


「監査を始めて数時間の男が、何を知る」


「だから調べます」


 直人は契約書を閉じた。


「王冠は受け取らない。少なくとも、今は」


「期限まで6日しかない!」


 財務大臣が声を上げた。


「王がいなければ、商会との交渉もできぬ。近隣国も空位の国を相手にしない」


「王が必要なのは分かりました。私でなければならない理由もよく分かった。私には、この国で奪われる私有財産がないからだ」


 列席者の何人かが目を伏せた。ボルガンだけが椅子を軋ませて身を乗り出す。


「無礼な」


「違うなら、候補者全員の名前と資産、辞退理由を公開してください」


 貴族たちの顔に、はっきりと拒絶が浮かんだ。


「個人財産を公開せよと?」


「国の債務を誰に負わせるか決める会議です。負担能力を隠したまま、候補を選べない」


 ボルガンが机を指で叩いた。


「監査人の権限を越えている」


「では、最後の監査契約へ確認しましょう」


 直人は王冠へ手を伸ばした。


 触れる寸前、黒い石が淡く光る。


『監査人は、選択に必要な責任と負担の所在を問うことができる』


 文字が空中へ浮かんだ。


 誰も声を出さなかった。


「契約は、越えていないと言っています」


 直人は宰相を見た。


「監査条件を評議会の決定として認めてください。拒否するなら、隠した財産を守るための即位には協力しない。王国解散を第1案として調べます」


 数字を隠したまま残してよい国だとは、判断できなかった。


 宰相は列席者を見回した。


 1人ずつ、渋々と手が上がる。


 最後まで手を上げなかったボルガンも、全員の視線を受けて腕を持ち上げた。


「全会一致により、監査人の条件を承認する」


 宰相の声が落ちた。


 直人は王冠から手を離した。


「では、次の質問です」


 扉のそばに立つ近衛兵たちを見た。


 革鎧は擦り切れ、2人の靴は底が剥がれかけている。


「この人たちの給料は、いつ払われましたか」


 今度の沈黙は、先ほどより長かった。


 直人は、その沈黙の意味を1つに決めなかった。単に財務大臣が数字を覚えていない可能性もある。知りながら言いたくない者もいるだろう。


「未払額の一覧を、職種と支払期限つきで提出してください」


「外国商会への返済を話している最中だぞ」


 ボルガンが言った。


「同じ債務です。契約書がある相手だけが債権者ではない」


「下働きの俸給と、国家の存亡を同列に置くのか」


「金額は違う。でも、働かせたのに払っていない。それも国の借金です。外国商会との契約だけを借金と呼ぶつもりはない」


 直人は、候補者の資産一覧とともに、未払賃金簿を正午までに出すよう求めた。


 王冠の借金ばかり見ていれば、その下で働く人への借金を見落とす。


 評議会を出ると、ガレンが扉の外で待っていた。


「我々の給与を、なぜ尋ねた」


「靴が壊れていたからです」


 ガレンは自分の足元を見て、顔をしかめた。


「監査人とは、靴を見る仕事なのか」


「帳簿と違うものは、何でも見ます」


 直人は王冠を評議会へ残したまま、財務局へ向かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。