最初の公共事業
屋根を直す金はない。
だが、屋根を直さなければ、倉庫から金は生まれない。
王国暦317年春1月24日の夕刻、直人は国有倉庫北棟の床へ、腐った梁と使える梁を分けて並べていた。
2日間の試行で、排水溝の泥は除かれた。9人へ支払った賃金は予定どおり銅貨144枚、銀貨12枚相当。希望した3人が合計銅貨8枚をレムナ村の税へ回し、銅貨136枚は現金で受け取った。
賃金受領証と納税受領証は別々に作られ、どちらも3枚1組である。働いた者の手元にも、税を払った者の手元にも記録が残った。
最後に修理の見積りが残った。
「梁26本のうち、再使用できるのは11本。屋根板は3分の1を交換。道は長さ180歩、荷車2台がすれ違える幅まで石を入れる必要があります」
倉庫管理人が読み上げた。
「全部で銀貨348枚です」
国内債権用の封印箱には銀貨9枚しかない。
そして、その9枚は工事費ではなかった。
* * *
直人は、完成後の倉庫を先に売る案を出した。
「倉庫そのものを、ですか」
リヴィアの声が低くなった。
「利用権です。所有権でも担保権でもない」
修理後は王国袋600袋を保管できる。市場の倉庫料を調べると、雨を防げる施錠区画なら1袋30日で銅貨2枚だった。
容量の6割に当たる360袋だけ、6か月分を前払いで募集する。残る240袋は、収穫後に少量を運び込む農家や小商人のため、月ごとの一般枠として残す。
公開募集の席で、南門商会の代理人が最初に手を上げた。
「銀貨360枚を当商会が全部出しましょう。その代わり、倉庫と土地を商会名義にしていただく」
「売るのは倉庫じゃない。屋根が直った後、袋を置く場所だけです」
直人が倉庫の絵を机へ置くと、代理人は鼻で笑った。
「まだ屋根もない場所へ払う者など、ほかにいない。所有権を渡せば、危険ごと当商会が引き受けます」
「危険と一緒に、将来の倉庫料も土地も持っていくつもりでしょう。それなら国が直す意味がない」
代理人が独占を求めたことで、集まった小さな穀物商たちにも狙いが伝わった。倉庫には、屋根を直す費用以上の価値がある。
直人は90袋分の札を4枚、600袋の倉庫図へ置いた。
「1人1区画まで。使えるのは完成後6か月。倉庫も土地も国のままです」
「商会が使わない日は、別の者へ二重に貸すのか」
「貸さない。払った区画は6か月確保する。だから商人側にも約束する価値がある」
後ろにいた穀物商が、遠慮がちに1枚目の札へ触れた。続いて別の商人が2枚目を取り、南門商会の代理人が止める前に4つの区画が埋まった。
応募した穀物商は4人。1人90袋を6か月使えば、支払う前金は銀貨90枚。4人分で360枚になる。
「工事費は348枚です。12枚余ります」
評議員が言った。
「余りではない」
直人は訂正した。
「倉庫を6か月使わせる義務が、銀貨360枚分できます」
大商会1社へ全部渡さず、残り240袋は小さな利用者のために空けておく。
「返せる現金がなければ、解約条項は紙だけです」
リヴィアは、まだ穴の開いた屋根を見上げた。
「受け取った360枚を、全部は使わない。12枚を契約履行予備として封印します。さらに、工事代金は検査済みの部分だけ支払う」
利用期間は完成検査の翌日から始める。完成しなければ使えず、国にも返金できない危険がある。それでも市場と同じ料金で乾いた倉庫を確保したい4人が、条件を読んで署名した。
机へ積まれた銀貨360枚を、工事支払箱348枚と履行予備箱12枚へ分ける。契約は所有権でも担保権でもなく、完成後6か月の利用権だけだ。ヴェスパー商会の担保にもならない。
財務局の封印箱に残していた国内債権用銀貨9枚は、開けなかった。
* * *
本工事は春1月25日に始まった。
工事支払箱348枚は、賃金138枚、木材や石などの資材174枚、運搬36枚に分けた。日雇いも職人も、働いた日または納品を確認した日に支払う。
募集は税の滞納と切り離した。試行に参加した9人のうち7人が再応募し、レムナ村以外からも23人が来た。就労日数の少ない者を優先し、同条件の者は公開のくじで選んだ。
足を痛めた父と暮らす女性も、また木札のくじを引いた。今度は自分の名が読み上げられると、隣のテオと手をたたき合った。
腐った梁を外し、乾いた梁へ青札を付ける。道へ石を敷き、屋根板へ防水油を塗る。支払済み額と残額は毎夕、倉庫の扉へ大きく掲示した。
初日の夕方、女性は泥だらけの手で日当を受け取った。試行のときと同じく、税へ回すかは本人が決める。彼女は銅貨を全部財布へ入れ、少し申し訳なさそうに直人を見た。
「今日は父の薬と、明日のパンを買います」
「そのための日当です。税は90日待つと決めた」
テオが横で受領証を確かめ、笑顔でうなずいた。働いた日に食べる金を残すという約束は、本工事になっても変わらなかった。
3日目には、荷車が石を積んだまま水たまりを越えられるようになった。御者が試しに往復すると、作業中の人々が道の両側から拍手する。
5日目、風が強まり、張り替え途中の屋根板が1枚浮いた。大工が縄を投げ、下にいた女性と石工が引く。板は地面へ落ちる前に止まり、誰もけがをしなかった。
「王様、そこに立ってると邪魔です!」
大工に怒鳴られ、直人は慌てて道の外へ退いた。王だから現場の動きが分かるわけではない。邪魔にならない場所で記録と支払いを守るほうが、彼の仕事だった。
「王様の仕事にしては、ずいぶん泥だらけですね」
リヴィアが言った。
直人は、道の高さを確かめるために地面へ置いた縄を持っていた。裾には泥がついている。
「数字だけ見ていたら、道が水より低いことに気づかなかった」
「財務局へ戻る前に、その靴は洗ってください」
リヴィアは泥の跳ねた裾を押さえながら、直人の靴を指した。叱る声にも、笑いが混じっている。
「共同浴場の予算で?」
「井戸水は無料です」
彼女が笑うと、近くで石を運んでいた者たちまで笑った。
* * *
工事4日目、材木商が運搬受領証を持ってきた。
8台の荷車へ、石橋料とは別に北倉庫進入料が銀貨1枚ずつ加えられていた。木札にはガザール男爵の徴収印がある。
「同じ見回りに、2度払った?」
「名目は違います」
徴収人は答えた。
「橋では石橋料、倉庫前では進入料です」
「許可書は同じです」
リヴィアが、発行番号を並べた。
直人は運搬費36枚のうち、争いのない28枚を材木商へ支払った。残る8枚は工事箱へ留保し、材木商には国の調査で止めたと分かる証書を渡す。正しい代金まで止めず、二重料金だけを切り離した。
ガザールには、北倉庫進入料の根拠契約、徴収総額、国庫納付額、手元現金を3日以内に提出するよう命じた。
男爵から返事はなかった。
* * *
春2月2日、北倉庫の完成検査が行われた。
雨を流す溝、石を入れた進入路、乾いた床、施錠できる屋根。荷車2台がすれ違い、王国袋600袋を置ける。
完成を確かめるため、リヴィアが屋根へ水を流させた。職人も商人も農民も、床へ落ちる雫を黙って待つ。
屋根は落ちてこない。外の排水溝を走る水音だけが響いた。
「本当に、濡れないね」
試行初日に鋤を握った女性が、乾いた床へ最初の小麦袋を置いた。倉庫内に拍手が広がり、彼女は驚いてから袋へ抱きつくように笑った。
床には、前払いした4人の区画と、一般利用の区画が色線で分けられていた。女性は広く残された一般区画を見渡す。
「レムナ村の袋も、ここへ置けますか」
「置けるよ。240袋分は、小さな農家や商人が使うために残したから」
リヴィアが答えると、南門商会の代理人が不満そうに予約区画を見た。銀貨360枚を1社で出していれば、この乾いた床をすべて囲えたはずだった。
だが倉庫の鍵も土地も、誰か1人の物にはならなかった。4人の商人には約束した場所があり、その外には村の小麦を置く場所が残っている。
「じゃあ今度は、濡れる前に運んできます」
女性が袋を軽くたたくと、乾いた小麦の音が返った。
支払済み工事費は銀貨340枚。二重進入料8枚は未払いのまま工事箱に残し、履行予備12枚と合わせて残存現金は20枚。試行賃金12枚を含む実支出は352枚だった。
予約区画360袋は、これから6か月使わせる約束が残る。一般枠240袋が満杯なら新しく月銀貨40枚が入り、予約分を含む倉庫料は最大100枚。維持費は月18枚だった。
直人は市場掲示板へ、前払金360枚、先に使った試行費12枚、実支出352枚、残った20枚の内訳は係争8枚と履行予備12枚、と分けて書いた。
倉庫は直った。賃金も払った。だが前金360枚すべてを儲けたわけではない。現金は屋根と道へ変わり、同時に6か月の保管義務が残った。
その全部を同じ紙へ載せなければ、公共事業が国を豊かにしたのか、未来の収入を先食いしただけなのか分からない。
次に作るべき帳簿は、収入と支出だけでは足りなかった。




