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異世界転移した金融マン、国庫金貨46枚の王国を帳簿と現代金融で立て直します  作者: rorenji


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20/33

帳簿を読める農民

 収穫は小麦420袋。課税対象は510袋。


 帳簿の上では、ハルン村は収穫した以上の小麦へ税を課されていた。


 王国暦317年春1月14日の朝、17歳の農民エルンは、財務局の長机を挟んで直人と向き合っていた。


 日に焼けた手には、村会の応募書類と、端が擦り切れた収穫帳がある。神殿学校へ2年通い、今は家の畑を手伝いながら共同倉庫へ入る袋を数えているという。


 緊張で指先まで固くなっているのを見て、リヴィアが温かい麦茶を置いた。


「大丈夫。直人は数字が合わないと少しうれしそうな顔をするけど、持ってきた人を怒ったりしないよ」


「間違いを見つけるのが仕事なだけで、喜んではない」


 直人が抗議すると、エルンの肩から少しだけ力が抜けた。


「420袋は、あなたが数えた?」


「はい。畑ごとの脱穀が終わるたびに、村の15升袋へ直して1本ずつ線を引きました。水をかぶった分も、収穫した量には入れて、損耗の欄へ分けています」


 エルンは擦り切れた帳面を開き、震える指で何本も並んだ線を示した。


「510袋は?」


「徴税人が持ってきた算定表です。村長は、王都で決まった数字だから正しいと言いました」


 算定表を作った地方徴税人も、壁際の椅子へ呼ばれていた。男はエルンの収穫帳を一目見ると、口元をゆがめた。


「神殿学校へ2年通っただけの農民です。村袋と徴税所の袋を混ぜて、勘違いしたのでしょう」


「その可能性はあります。だから、笑う前に確かめます」


 直人は、数字が違う理由を3つ書いた。


 水増し。数えた時期の違い。そして、袋の大きさの違い。


「まず、実際に使った袋を見せてください」


 リヴィアがうなずいた。


「この国では、同じ1袋でも村ごとに大きさが違います。市場で使う升とも一致しない」


「では、数字より先に器をそろえます」


 エルンが持参した村の袋は、財務局の保管見本より大きかった。


* * *


 ハルン村の収穫袋には満杯で15升入る。徴税所の標準袋には12升しか入らない。


 村は、畑から上がった小麦の収穫総量を15升袋で420袋と記録していた。倉庫へ運ぶ前に水をかぶった分も、この総量には含まれていた。420袋を徴税所の12升袋へ換算すると、525袋になる。課税帳簿の510袋より多い。


「ここまでの換算だけなら、510袋は収穫量を超えていない。種や損耗として、税から外す分はありますか」


 直人が尋ねると、エルンは収穫帳を開いた。


「種に戻す分と、洪水で濡れた分があります」


 翌年の種麦が徴税所基準で32袋。収穫総量には数えたものの、倉庫へ運ぶ前に水をかぶり、食用にも売却にも使えなくなった分が同じ基準で15袋。契約上、どちらも課税対象から除く。


 525袋から47袋を引けば、課税対象は478袋になる。


 徴税算定表の510袋は、32袋多かった。


「袋の違いを直しても、課税対象に32袋の過大計上が残る」


 直人は監査記録へそう書き、地方徴税人の前へ向けた。先ほどまで笑っていた男の口元が、今度は固く結ばれる。


「農民の勘違いではない。エルンの収穫帳が正しかった」


 エルンは麦茶の杯を両手で持ったまま、何度も瞬きをした。リヴィアが笑って、訂正通知用の紙を直人へ差し出す。


「村へ返す通知は、どう書けば伝わりますか」


「袋を同じ大きさへ直しても、税をかける小麦が32袋多い、とします」


 エルンがすぐにうなずいた。


 監査に必要な正確な言葉は直人が残し、村が異議を申し立てるための言葉はリヴィアが整えた。どちらか一方だけでは、数字を直せない。


 510という数字の出所は、算定表を2年分並べて見つかった。


 前年の課税対象が510袋だった。今年の欄にも同じ数字が写され、収穫量、種麦、損耗の欄だけが空白になっている。徴税人は村から今年の記録が届かなかったため、前年値を仮置きしたと説明した。


「仮の数字なら、仮と書くべきです」


 直人が言った。


「徴収日までに直すつもりだった」


「村へ渡した算定表に、仮とはない」


 故意の水増しだとは、まだ断定できない。だが仮置きの表示がなく、村側が訂正できる期限も示されていない。結果として、誰も声を上げなければ32袋分がそのまま徴収される仕組みだった。


 原算定表は消さず、510へ二重線を引いた。訂正欄に、収穫525袋、種麦32袋、損耗15袋、課税対象478袋と記す。徴税人、エルン、村会代表、財務局書記が署名した。


 訂正表の正本は財務局記録庫の徴税監査綴り。認証写しはハルン村の共同倉庫と、請負人の帳簿へ1通ずつ置く。


 前日に銀貨18枚の過剰徴収を示す木札を届けた共同倉庫の女性が、村会代表として認証写しを受け取った。510の横に引かれた二重線を確かめると、大きな手でエルンの背中をたたく。


「よく数えてくれたね。32袋あれば、冬を越す家がいくつも助かる」


 エルンは前につんのめり、照れたように笑った。徴収される前だったため、返還を待つ必要もない。ハルン村の倉庫にある32袋は、そのまま村に残った。


「わたしが帳簿を見なければ、510袋でした」


 エルンは署名した指を見つめた。


「帳簿だけを見ていたら、袋の違いは確定できないでした」


 直人が言うと、エルンは意外そうに顔を上げた。


「国王でも、分からないのですか」


「現物を見ずに分かったと言うほうが危険です」


「そこは、陛下が来てから変わらないね」


 リヴィアが楽しそうに言うと、エルンだけでなく村会代表まで笑った。地方徴税人は笑えなかったが、訂正表から自分の署名を消すこともできなかった。


* * *


 村会計補助員の応募は、19村から26人集まった。


 応募書類には、神殿学校で習った整った文字から、炭で力いっぱい書いた大きな数字まで、さまざまな字が並んだ。余白に鶏の足跡が付いた紙もあり、リヴィアは「本人が書いた証拠かもしれない」と笑ってそのまま受け付けた。


 村長や請負人の指名だけでは選ばない。村会が候補を出し、財務局が読み書き、計算、単位換算を試す。請負人との関係は申告させ、本人が関わる徴収の単独確認はさせない。


 講習と最初の手当を払う金が足りない。


 前日の新様式で報告を出した請負人の1人から、銀貨204枚の国庫納付が届いた。財務局と国璽院が硬貨を数え、徴収額、手数料、実費、納付額と受領証の一致を確認した。正本は財務局の国庫受領証綴り、認証写しは国璽院の納付照合綴りへ収めた。予定ではなく、受領済みの国家現金である。


 直人は、全額を債権支払いへ回す案と、会計補助員の制度費用へ回す案を並べた。


「債権者を待たせて、役人を増やすのですか」


 評議員が反対した。


「記録を直せなければ、過剰徴収と未送金が続きます。将来の収入を守る運営費です。ただし、効果と上限を公開します」


 26人の王都までの旅費と7日間の食事手当は銀貨117枚。最初の30日分の会計補助手当は1人銀貨3枚、合計78枚。合計銀貨195枚を上限とした。残る銀貨9枚は、国内債権の支払可能現金として財務局の封印箱へ分ける。


 教室は神殿学校から無償で借り、借用書を作った。講師はリヴィアと財務局書記2人が通常勤務で担当し、紙と蝋板は既存在庫を使う。


 研修費銀貨117枚と初月手当銀貨78枚は別袋にし、用途、受取人、支払日を出納簿へ記す。王家遺産の金貨412枚には触れなかった。


「次の月も銀貨78枚が要ります」


 リヴィアが念を押した。


「それまでに、請負手数料を減らせるか、回収額が増えるかを確認します。継続財源がなければ人数か勤務日を見直す。無給では続けない」


 制度を作った瞬間だけ払えても、翌月に未払職員を増やせば改革とは呼べない。


* * *


 7日間の講習で、直人はまず財務局用の設計書を作った。


 受領証3枚の照合。収穫記録と課税対象の突き合わせ。前年と違う数字、または同じすぎる数字の抽出。


 その横へ、村で使う教材の空欄を残した。


「仕組みはこの3つです。村で普段使う言葉にしてください」


 リヴィアはエルンへ、村で税を確かめるときの言い方を尋ねてから書いた。


 3枚の受領証は同じ数字か。


 収穫から種と損耗を引いた数字より、税の対象が多くないか。


 前年と同じ数字なら、今年も同じ理由があるか。


「借方と貸方を使う複式記録は、財務局へ採用します。村の7日間講習では、受領証と税額を照合できることへ絞りましょう」


「財務官を作る講習と、村が税を確認する講習を分けるのですね」


 リヴィアが確かめると、直人はうなずいた。


 エルンは財務局の設計書より、リヴィアが整えた3行を声に出して読んだ。


 講習は、数字の読み書きだけでは終わらなかった。


 初日は3枚受領証の照合。2日目は銀貨と銅貨、現物納付の換算。3日目は村の収穫、種麦、損耗の記録。4日目は請負人の週次報告との比較。5日目は異議申立書。6日目は他村の記録を使った実習。7日目は、わざと間違いを入れた徴税台帳の検査。


 実習では、銀貨60枚を金貨3枚と書くべき欄に、金貨5枚と書いた台帳を混ぜた。王都へ野菜を売りに来る40歳の農婦が、エルンより先に間違いを見つけた。


「銀貨1枚は銅貨12枚、金貨1枚は銀貨20枚。これは袋の数より簡単です」


 彼女が得意そうに言うと、計算の遅い候補者は豆を20粒ずつ並べて確かめた。1粒が机から転がり、直人の靴へ当たる。


 国王が机の下へ手を伸ばして豆を拾うと、教室に小さな笑いが起きた。


「銀貨1枚、見つかりました」


「それ、豆だからね」


 リヴィアが真顔で訂正し、今度はもっと大きな笑いが起きた。初日に国王を前に固まっていた候補者たちも、もう隣の席へ自分から計算を見せている。


「暗算の速さは合格条件から外します」


 直人は最初から決めていた基準を読み上げた。


「間違いを見つけ、別の方法で確かめる。分からなければ、徴収を止めて財務局へ照会する。それができればよい」


「村では紙より豆のほうが早い者もいます。確かめ方も1つに決めないでください」


 リヴィアの提案を受け、豆、指折り、筆算のどれを使っても、同じ答えなら合格とした。


 候補者同士で答えを教えることも禁じなかった。村へ戻れば、1人で試験を受け続けるのではなく、納税者と一緒に数字を確かめるからだ。


 これは落とすための試験ではない。間違えた者は別の帳簿でもう1度試し、確かめ方を説明できるまで仲間と練習した。


 合格したのは19村26人。全員が同じ速さで計算できるわけではない。それでも、3枚の数字が違うときに徴収を止め、財務局へ受付番号付きで照会できることを合格条件にした。


 補助員は徴税人ではない。税額を決めず、現金を預からず、請負人を単独で処罰もしない。納税者と財務局が同じ数字を持つための確認者だった。


 26人には、氏名、村名、任期30日を刻んだ番号札を渡した。番号札は徴税権の印ではなく、受領証を確認した人物を追えるようにするためのものだ。紛失時は村会と財務局へ届け、古い番号を無効一覧へ載せる。


 エルンが最初の札を首へ掛けると、26人がいっせいに机をたたいた。拍手の代わりらしい。本人は耳まで赤くしながら、それでも今度は顔を伏せなかった。


 村に残す受領証控えは、共同倉庫または村会所の鍵箱へ番号順に保管する。鍵は補助員と村会代表が1本ずつ持ち、片方だけでは開けない。週に1度、番号、税額、欠番を一覧にし、定期便で財務局へ送る。


 請負人からの贈り物や食事も記録する。少額でも隠せば、次の受領証を見逃す値段になる。解任には村会の申立てと財務局の理由書を必要とした。


* * *


 講習最終日、エルンは2つの袋を教室へ持ち込んだ。


 1つはハルン村の15升袋。もう1つは隣村で小麦1袋と呼ばれている袋だった。


 並べると、隣村の袋のほうが明らかに小さい。


「隣村では、これが14升だと言っています」


 実際に徴税所の升で量ると、13升と半分しか入らなかった。


「袋だけでなく、升も違う?」


 直人が尋ねた。


「市場ごとに、正しい大きさが違います」


 リヴィアが答えた。


「また変な数字を見つけました」


 エルンは初日の震えが嘘のように笑っていた。


「困るけど、助かる。次はその袋を調べよう」


 帳簿を読める者は増えた。


 だが、帳簿に書く1袋や1升の意味が村ごとに違えば、同じ数字を持っていても同じ量を見ていることにはならない。


 次は数字そのものより、それを量る器を直さなければならない。


 今度は直人とリヴィアだけではない。番号札を首へ掛けた26人が、もう2つの袋を囲んでいた。


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