税を集める男たち
村が払った税は銀貨216枚。
国へ届いた報告は198枚。
残る18枚は「昔から払っている金」という一言で消されていた。
王国暦317年春1月13日の朝。直人は徴税請負人12人から届いた報告を、財務局の長机へ並べた。
前日、総徴収額、受領証番号、経費内訳、国庫納付額、手元現金、未納理由の6項目を提出するよう命じた。すべて埋めた者は3人しかいない。
残る9人は経費を引いた後の納付額だけを書いていた。いくら集め、何を引き、何枚残したのか分からない。
「9人とも書き忘れたと思う?」
直人が尋ねると、リヴィアは空欄の並ぶ報告書を見比べた。
「同じ5項目だけ忘れるのは不自然だね。でも今すぐ全員を切れば、帳簿と現金を持ったまま逃げる人も出る」
「だから順番は変えない。証拠を押さえ、監督下で続けさせ、代わりを育てる。その後で地域ごとに切り替える」
直人は最初から3段階の移行案を用意していた。
請負人12人の下には、地方徴収人47人、荷車18台、護衛24人がいる。税は銀貨だけではない。小麦で納める村では、倉庫へ運び、必要なら売って現金へ替える仕事も要る。
「荷車と護衛は残して。洪水で道が切れたとき、別の道を知っているのも現場の人たちだから」
リヴィアが人員表へ印を付けた。
「分かった。請負人の権限と働く人の仕事を分ける。勝手な徴収は止めても、村から町へ運ぶ流れは止めない」
制度を切るだけなら紙1枚でできる。だが小麦まで道の途中で止めれば、困るのは不正をした請負人ではなく村と市場だった。
リヴィアは王国地図へ、12の請負区が使う倉庫と道を色糸で結んだ。穀物を積んだ荷車は止めず、出発地、積荷、行先だけを財務局と村会代表が確認する。現金箱と未使用の徴税印は、確認が終わるまで2人の署名なしに動かせない。
ガレンは近衛兵を徴収役ではなく記録の護衛として付けた。村人から金を受け取ることも、税額へ口を出すことも禁じる。守るのは請負人ではなく、帳簿と荷車が途中で消えないことだった。
「これなら今日の荷は市場へ着く?」
「着くよ。誰が運んだかも残る」
リヴィアが地図の最後の糸を留めた。直人は監督命令へ署名し、12区へ同時に送らせた。
* * *
銀貨18枚の消失は、王都東のハルン村から見つかった。
共同倉庫を預かる女性が、12枚の木札を持って財務局へ来た。税を納めるたびに受け取った札で、日付と徴収人の印はあるが金額はない。
「村全体でいくら払った?」
「銀貨216枚です」
ハルン村の本税は180枚。契約で認められた請負手数料は1割の18枚。村が払う合計は198枚で終わる。
「残る18枚は何の代金?」
「橋の見回りと札を書いてもらう代金だと言われました」
呼び出されたガザール男爵は、木札を見るなり鼻で笑った。
「見回り費は村の慣例です。国家税ではない。私の報告へ載せる理由もない」
「誰が金額を決めた?」
「現地の徴収人だ。私が村ごとの細かな慣例まで知るものか」
男爵の口ぶりは、すべてを部下の独断で片づけようとしているように聞こえた。だが木札に押されているのはガザールの徴税印である。
直人は請負契約の責任条項を開いた。
「あなたの徴税印で受け取った金は現地の徴収人が集めてもあなたの管理責任になる。徴収費用は1割の手数料に含まれる。別料金を取るなら財務局へ登録した契約と村が断れる条件が必要だ」
「だから国家税ではないと言っている」
「なら私的な集金だ。徴税印を使い、税と一緒に払わせた時点で契約違反になる」
直人は木札とガザールの報告書を横に並べた。
「公的な徴収なら198枚を超えた18枚が未報告。私的な徴収なら徴税印の不正使用だ。どちらを選んでも、今のやり方は続けられない」
ガザールの指が椅子の肘掛けを叩きかけ、そのまま止まった。
「木札には金額がない。村の女が嘘をついているかもしれん」
「だから横領とは決めていない。誰が命じ、誰が持っているかも調べる。ただし契約上の返還責任は別だ」
請負契約には、徴税印を使った契約外徴収について、請負人が納税者へ返還原資を確保する条項があった。部下の責任は返還原資を確保した後で問えばいい。
直人は暫定監督の現金実査で確認したガザールの徴税業務用手元現金から銀貨18枚を分け、財務局、国璽院、村の立会人で封印させた。
「3日以内に別契約を出せば審査する。出せない場合はこの18枚をハルン村へ返す。最終返還期限は春2月7日。誰が持ち出したか決まるまで村を待たせたままにはしない」
「私の手数料を人質にするのか」
「あなたの印で集めた金をあなたの契約どおり保全しただけだ」
村の女性は封印された銀貨を見つめ、木札を胸元へ抱え直した。まだ手元へ戻ってはいない。それでも18枚が再び帳簿から消えることはなくなった。
ガザール個人には、追加費用を承認し、単独で現金を動かす権限の停止命令を出した。徴収人、護衛、荷車引きは解雇しない。定められた本税の徴収と輸送は、財務局書記と村会代表の確認を受けながら続ける。
家族や下働きの賃金にも触れなかった。
直人たちは、契約外の金を見えないまま取る権限だけを奪った。
市場掲示板には、その日のうちに4つの数字を出した。
ハルン村の納付額216枚。契約上の合計198枚。差額18枚。返還用に封印した額18枚。
村の女性には認証写しと封印番号を渡した。王都へ来られない村人にも分かるよう、リヴィアが数字の下へ短く書き添える。
返す人が決まる前に、返す金を消させない。
女性は何度もその一文を読み、ようやく木札を握る力を緩めた。
* * *
同じ日の午後、12の請負区すべてを暫定監督下へ置いた。
税率と手数料を超える徴収は禁止。橋、護衛、筆記、保管など別名目で取る場合は、登録済み契約と金額を受領証へ書く。週ごとの報告は6項目で統一し、実費には証拠を付ける。
「帳簿を増やせば税が集まるとでも?」
ガザールはまだ席を立たず、冷たい笑みを浮かべていた。
「帳簿だけでは足りない。だから払った人も同じ数字を持つ」
直人は、同じ番号を振った3枚1組の受領証を用意させた。
村人用、徴収人用、財務局用。税目、算定の基礎、本税、契約手数料、追加費用、納付方法、合計を書く。小麦なら袋の種類と量も残す。
3枚は同じ番号の綴りにして、同じ内容を順に書く。切り離す前に並べて確かめる。訂正する場合は3枚すべての同じ場所へ線を引き、徴収人、納税者、立会人が印を押す。
最初の900組は財務局にある紙と封印蝋で作るため、新しい購入費はない。請負人へ渡す番号帯を受払簿へ残し、欠番が出れば理由を報告させる。
最初の試し書きでは、財務局書記が村人用だけに橋見回り費と書き、ほかの2枚へ写し忘れた。
「合計はいくら?」
農民役を務めたガレンが3枚を見比べた。
「村人用は銀貨33枚。残りは30枚だ」
悪意がなくても数字はずれる。直人は追加費用を空欄のままにせず、なければ0枚と書くよう直した。3枚の合計が一致しなければ徴収を終えられない規則も加える。
「今の間違いを村で見つけられると思う?」
リヴィアの問いに、ガレンは数字の並んだ紙を見つめた。
「読み上げる者がいればな。印だけ見ろと言われたら無理だ」
「農民に3枚を比べられる者が何人いる?」
ガザールの声には農民を侮る響きがあった。しかし読める人がいなければ、3枚とも違う内容を書かれても見抜けない。
「各村から会計補助員を募る」
直人が答えると、リヴィアが募集札を机へ広げた。
「村長や請負人だけに選ばせない。村会が候補を出し、財務局が読み書きと計算を確かめる。受領証を村の人へ読み上げるのも仕事にする」
「無給の名誉職にするつもりか?」
「しない。旅費、研修中の食事、初月の手当を払える人数だけ採用する。金額が決まる前に働かせない」
まだ財源は確定していない。確認できた未送金収入か、請負手数料の削減分から出す。予定の金を先に使わない原則は、ここでも変えなかった。
募集札には、受領証の照合、村の収穫記録、税額への異議受付と書いた。補助員へ税額決定、現金保管、処罰の権限は渡さない。
数字を読める者を村へ置けば、村自身が「払った」と証明できる。新しい支配者を送り込む必要はない。
* * *
日暮れ前、最初の応募書類が届いた。
ハルン村の女性が、17歳の若者から預かった紙だった。神殿学校へ2年通い、共同倉庫へ入る小麦袋を数えているという。
余白には今年の収穫と税の数字が書かれていた。
収穫は420袋。課税対象は510袋。
「収穫より税をかける小麦のほうが多い?」
リヴィアの眉が寄った。
「書き間違い、水増し、数えた時期、袋の大きさ。まだ決めない。明日は本人と袋と原簿を同じ場所へ集める」
直人は応募書類を徴税監査綴りへ挟んだ。
税を集める男たちは、もう自分たちだけで数字を決められない。
翌朝、17歳の農民が最初の数字を読みに来た。




