⑤
いくら頭に血が上ったとはいえ、うかつだった。
自分が罰せられるのはいい。だが、姉は姉だけは幸せでなくてはいけない。
どうすれば、どうすればこの場を切り抜けられる?
つまらない考えだけが浮かんでは消える。もうどうしようもないと目をつぶって覚悟を決めた瞬間。
ダーン!!という大きな音を立てて、会場の扉が開いた。敷居の真ん中にネグリジェのままの姉がいる。呆気に取られる皆を置き去りに、姉はこちらに向かって小走りでやってきたと思うと、勢いよく跳んでそのままアリス目掛けて飛び込んだ。
アリスと姉は取っ組み合ったままごろごろと転がっていった。
「痛い!」
姉は声を上げるアリスに馬乗りになると、懐から取り出した小瓶を彼女の喉に突っこんだ。
「間に合いましたわ!ルーカス様!」
そしてそのまま、両の手を組み、天高く上げたかとアリスの腹に向かって振り下ろした。
アリスの体が衝撃でくの字に曲がり、ぐほっという声が漏れる。
「きっ……貴様何してるんだ!」
あまりに短い間に起こった暴力に、皆ぽかんと口を開けて動けないでいた。ルーカスの言葉でやっと警吏によって姉はアリスから引き剥がされる。ルーカスはアリスに駆け寄るとぐったりとした彼女の体を抱き上げた。彼女は口から泡を吹いて、白目をむいている。
「何って……まぁ、ノア?どうしたの!」
警吏に取り押さえられたまま、姉はぽかんとした表情で俺を見つめていた。
そんな俺はというと、目の前で行われた姉による暴行の数々を目にしてに情けなくポロポロと涙を流していた。姉が、姉が、嫉妬に駆られていじめをしていた。善良だと思ってた姉が酷いことをしていた。
「おっ、お姉ちゃん……なんでアリスをいじめたの?やっぱり馬鹿王子が好きだからなの……?」
泣きながら言うも、姉は首を傾げたまま困ったように笑っていた。
「え?ルーカス様?全然好きじゃないよ?」
会場は引き続き、ぽかんとした空気に包まれる。
「それにいじめって……人聞き悪いなぁ。私は浄化を……」
「うわああああああ!」
ルーカスの悲鳴が響き渡る。見ると、彼が手放したであろうアリスの口から黒い霧状のものがあとからあとから吹き出し、天井に溜まって異形の化け物を形成していた。モヤによりシャンデリアが落ち、ガラスを撒き散らす。あまりのことに呆けていた人々も、我を取り戻し、阿鼻叫喚で逃げていく。警吏でさえも俺たちを手放して一目散に姉が開け放したままの扉から出ていった。
「おっ……おい!誰か!俺のことも……俺のことも連れて行ってくれ!!」
ルーカスは腰を抜かして動けないでいた。失禁したのか、ズボンは、どんどん濡れていく。
「よくも!よくも!あとちょっとでこの国を手に入れられたのに!!」
黒霧の化け物は低いような高いような声で姉に恨み言を叫ぶ。
「あなたに負けないために、時間をかけて準備してきたのよ。聖水を体に塗ったり、対魔の服繕ったり大変だったんだから。こんなに手こずらされたのは初めてよ。だからもう消えなさい」
姉が指をパチンと弾くと黒霧は悲鳴をあげて霧散していった。




