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区役所ダンジョン対策課 〜住民票の次はボス部屋です〜  作者: やどかり


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第4話:嘱託探索員は書類を信じない

二層目は、一層目とまるで違った。


天井が高く、壁は黒く湿った岩肌に変わっている。空気が重い。ハルが先頭を歩き、黒田は後ろで査定メモを取りながら、距離を保ってついていく。


「離れないで。三歩以内」ハルが低く言った。「魔物が出たら、あんたは黙って後ろにいて。書類なんか書いてる暇はないから」


「記録は取ります。それが仕事なので」


「だから役所は嫌いなんだよ」ハルが舌打ちした。「目の前で人が死にかけてても、まず書式を確認するんでしょ」


黒田は答えなかった。その通りだったからだ。だが、書式を確認したからこそ、昨日、子どもの捜索が「正式業務」になった。書類は、彼にとって唯一の剣だった。


通路の角で、それは現れた。


灰色の、犬ほどの大きさの影。四つ。低く唸り、牙を剥いて飛びかかってくる。


「下がって!」


ハルが踏み込んだ。剣が一閃。一匹を斬り伏せ、返す刃で二匹目。動きに無駄がない。元A級。本物だ。黒田は壁際に身を寄せ、それでもペンを止めなかった。出現位置、個体数、推定危険度。役所の様式に従って、淡々と。


最後の一匹がハルの死角から飛んだ。


「芹沢さん、右後ろ」


黒田の声は、叫びですらなかった。事務連絡のように平坦だった。だがハルは反射的に身を捻り、剣の柄で魔物を弾き返した。


四匹、沈黙。


「……今の」ハルが肩で息をしながら振り返った。「見えてたの」


「危険度を査定するには、全体を見ていないと。あなたを守るためじゃありません。記録のためです」


「ふん」ハルは剣を振って血を払った。「素直じゃない役人」


奥へ進むと、迷宮の構造に異変があった。黒田が一昨日記録した地形と、明らかに違う。通路が伸び、分岐が増えている。


「拡張してる」ハルの顔が険しくなった。「ダンジョンが、自分で成長してる。これ、放っておくと危険等級が上がる。等級が上がれば──」


「災対庁の管轄になる」黒田が引き取った。「区は手を出せなくなる。捜索は、向こうの判断次第になります」


「で、向こうは動くの?」


「動きません。前例がないので」黒田は乾いた声で言った。「災対庁にとって、自治体の小迷宮の子ども一人は、書類の一行です。だから、等級が上がる前に、区で見つけるしかない」


二人は分岐の一つで足を止めた。湿った地面に、小さな足跡があった。子どものものだ。点々と、奥へ続いている。


そして、その先に。


苔むした岩のくぼみに、給食袋が落ちていた。黄ばんで、泥にまみれて。だが、破れてはいない。


黒田はしゃがみ込み、袋の口を覗いた。中には、食べかけのビスケットの空き袋。湿気てはいるが、腐ってはいない。


「……新しい」黒田は呟いた。「数日前のものだ。ハルトくんは、ここまで生きて歩いてた」


ハルが息を呑んだ。「生きてる、かもしれないってこと?」


「分かりません。でも」黒田は給食袋を、証拠保全の袋に丁寧に収めた。手が、わずかに震えていた。「ゼロじゃない。ゼロじゃないなら、書類を書く理由になる」


地上に戻る道すがら、ハルがぽつりと言った。


「あんた、さっきの危険度、ちゃんと低く書くつもりでしょ。等級を上げないために」


「ええ」


「それ、住民を危険に晒すことにならない? 本当は危ないのに、危なくないって書類に書くんだから」


黒田の足が、一瞬止まった。


「……鋭いですね」彼は前を向いたまま答えた。「その綱渡りを、これからずっとやることになります。子どもを救うために等級を低く据え置けば、住民が危険にさらされる。住民を守るために等級を正しく上げれば、子どもの捜索は止まる。──どっちも、間違いです」


「で、あんたはどっちを選ぶの」


「両方助かる三枚目の書類を、探します」黒田は言った。「いつもそうやってきた。剣は抜けないが、抜け穴は見つける」


ハルは、しばらく黙っていた。それから、小さく言った。


「……あんたの書類、嫌いじゃないかも。まだ、信じてないけど」


地上の光が、縦穴の口に見えてきた。


黒田とハル、はじめての共同探索でした。剣のハルと、書類の黒田。文武の凸凹コンビ、少しずつ噛み合ってきます。

給食袋の発見──ハルトくんは、まだ生きているかもしれない。希望が、ようやくゼロでなくなりました。

そして黒田が背負う「危険等級のジレンマ」。子どもを取るか、住民を取るか。彼の綱渡りは、ここから始まります。

次回、上履きの名前の、その家族と向き合います。

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