第27話:申請の魔術師・再
地上では、住民協働の前線基地が、四人の帰還を待っていた。
郷田会長の号令で、商店街と三丁目の町内会が再び動いていた。照明、担架、毛布、炊き出し。桜ヶ丘で築いた仕組みが、そのままここで生きていた。
崩落現場の隙間から、ハルが老店主を背負って現れた。続いて、一ノ瀬を支えた黒田。
「いたぞ! 四人とも、無事だ!」
歓声が上がった。商店街の人々が駆け寄り、老店主と一ノ瀬を迎え入れる。新庄が、声を上げて泣いていた。
黒田は崩落現場の縁に座り込み、泥と汗にまみれた顔で、深く息を吐いた。
「……間に合った」
そこへ、車のエンジン音が戻ってきた。ヴァルゴの車列だった。
鷲尾が降りてくる。撤退したはずの男が、なぜか戻ってきた。そして現場の状況を見て──にやりと笑った。
「おや、救出できたのか。それは、よかった」彼はまるで何事もなかったかのように言った。「では、現場の事後処理は、引き続き弊社が。崩落は想定外の二次災害でしたが、結果的に人的被害はなかった。報告書には、そう書いておきます」
黒田が、立ち上がった。
「鷲尾さん。一つ、確認させてください」彼の声は静かだったが、底冷えがした。「なぜ、戻ってきたんですか」
「決まってる。現場の後始末だ」
「違いますね」黒田は首を振った。「あなたは、救助が成功するかどうかを見届けに来た。失敗していたら、『対策課が独断で危険な救助を強行し、二次被害を出した』と責任を押し付けるつもりだった。成功したら、何食わぬ顔で手柄の一部を回収する。そういう計算でしょう」
鷲尾の笑みが、わずかにこわばった。
「……何の証拠が、ある」
黒田は、ポケットから泥だらけのメモ帳と、小型の記録端末を取り出した。
「証拠なら、ここに」彼は淡々と言った。「俺は、崩落現場に潜る前からずっと、記録を取っていました。崩落の構造。原因。──あなた方は、ダンジョンコアの破壊前に、本来必要な三段階の安全確認のうち、二段階を省略した。最速処理のために。それが、連鎖崩落の直接の原因です」
鷲尾の顔から、血の気が引いた。
「さらに」黒田は続けた。「崩落後、人が取り残されていると認識しながら、救助も通報もせず撤退した。安全配慮義務違反であり、業務上の重大な過失です。──全部、時刻つきで記録してあります。記録は、嘘をつきません」
「貴様……いつから、それを」
「最初から、です」黒田は言った。「あなたが効率を急ぐと知っていた。効率を急げば、無理をする。無理をすれば、事故が起きる。事故が起きれば、記録が残る。──俺は、その記録を待っていた」
そばにいた灰原が、呆然とその記録を見ていた。災対庁の調整官は、ようやく、黒田が何をしていたのかを理解した。
黒田は、書類で、剣を持つ男を追い詰めていた。
「この記録は、区と、災対庁と、議会に提出します」黒田は言った。「民間委託の危険性の、動かぬ証拠として。──あなた方のやり方が何を切り捨ててきたのかを、明らかにする」
鷲尾は、しばらく黒田を睨んでいた。そして、吐き捨てた。
「……役所の、紙きれが」
「ええ。紙きれです」黒田は静かに笑った。「でも、その紙きれが、あなたの効率を止める」
そのとき、ハルが、ゆっくりと鷲尾の前に進み出た。
二年間、彼女が向き合うことを避け続けてきた、男の前に。
救出、成功。住民協働の前線が、四つの命を迎え入れました。
そして、戻ってきた鷲尾。救助の成否を見届け、責任を転嫁しようとした男に、黒田が突きつけたのは──崩落前から取り続けた「記録」。安全確認の省略、撤退の過失。すべて、時刻つきで。「記録は、嘘をつきません」。
書類が、剣を持つ男を、追い詰めました。そして今、ハルが、二年越しに、鷲尾の前へ。次回、決別。




