第24話:全部、投げる気か
連鎖湧出は、収まらなかった。
七か所だったダンジョンは、九か所に増えていた。区も、災対庁も、限界だった。そんな中、災対庁の灰原が、地下二階を訪れた。やつれた顔をしていた。
「黒田主任。率直に、相談に来た」灰原は、椅子に腰を下ろすなり、言った。「国は、決断しようとしている。──連鎖湧出地域のダンジョン処理を、全面的に、民間委託する方向で」
黒田の手が、止まった。
「全面、ですか」
「ああ」灰原は、重い声で言った。「災対庁の処理班は、もう、四か月待ちだ。区も、人手がない。このままでは、危険なダンジョンが、放置される。住民が、死ぬ。──ヴァルゴのような民間企業に任せれば、速い。安い。住民も、早く安心できる。何が、悪い?」
「悪くは、ないです」黒田は、静かに言った。「速くて、安くて、住民が安心する。それは、確かに、一つの正しさだ」
「だろう」
「でも、灰原さん。一つだけ、聞かせてください」黒田は、灰原を見据えた。「民間に全部投げたあと、採算の合わない案件は、誰が、やるんですか」
灰原が、言葉に詰まった。
「巻き込まれた、犬。行き場のない、年寄り。声の小さい、弱い住民。民間は、契約範囲外だと言って、やらない。緑川では、採算に合わないと、子どもの捜索が、打ち切られた」黒田の声が、低くなった。「公がやらなければ、誰も、やらない。それを、全部、民間に投げたら──採算の合わない命は、この国から、静かに、消えていく。誰にも、数えられないまま」
「……それは」灰原は、苦しげに言った。「だが、現実問題、公には、もう、手が、足りない」
「足りないのは、手じゃない」黒田は言った。「足りないのは、『公が、最後の砦である』という、覚悟です」
灰原が、顔を上げた。
「制度が、追いついていないのは、本当だ。連鎖湧出を、二層構造は、想定していなかった。だから、軋んでる」黒田は、続けた。「でも、だからといって、公的責任を、丸ごと民間に投げるのは、解決じゃない。それは、ただの、放棄だ。──制度が追いつかないなら、制度を、作り直せばいい。公と、民が、どう責任を分担するか。採算の合わない命を、誰が拾うか。それを、明文化すればいい」
「明文化……」
「連携の、協定です」黒田は言った。「区と、災対庁が、責任の境界を、はっきり決める。民間に委託するなら、『採算の合わない案件は、公が必ず拾う』という条項を、契約に、義務づける。──そうすれば、効率と、公的責任を、両立できる」
灰原は、長いこと、黙っていた。
「……理屈は、分かる」彼は、ようやく言った。「だが、それを作るには、時間がいる。今、目の前で、連鎖湧出は、進んでる。理想を語ってる暇は──」
そのとき、新庄が、血相を変えて、駆け込んできた。
「黒田さん! 大変です! 商店街の地下で、崩落事故! ヴァルゴが、最速処理を強行して、ダンジョンが、連鎖崩落を起こした!」
黒田と、ハルが、同時に、立ち上がった。
「中に、人は!?」
「分かりません! でも、避難が、間に合ってない可能性が……!」新庄の声が、震えた。「それと、ヴァルゴは──『契約範囲外の二次災害だ』って、現場から、撤退を始めてます!」
黒田の、予言が、最悪の形で、的中した。
灰原が、呆然と、呟いた。「撤退……人が、残ってるかもしれないのに?」
「それが」黒田は、もう、ファイルを掴んでいた。「採算で、命を切る、ということです。灰原さん。──これが、全部を民間に投げた先の、未来だ」
彼は、灰原を、振り返った。
「見ていてください。公が、何を拾うのかを」
災対庁・灰原が、全面民間委託へ傾く。「公には、もう手が足りない」。それは、切実な現実でした。
だが黒田は問います。「民間に全部投げたあと、採算の合わない命は、誰がやるんですか」。足りないのは手じゃない、「公が最後の砦である覚悟」だと。
そして、崩落事故。黒田の予言が的中し、ヴァルゴは「契約範囲外」と撤退を始めます。中には、人が。
次回、崩落。第2部、最大の山場へ。




