第19話:銀狼の、生き残り
民間委託の「実証事業」は、順調に見えた。
ヴァルゴは、区内の連鎖湧出のうち、四か所を、次々と「処理」していった。報道は好意的だった。「民間の力で、ダンジョン問題が迅速解決」。真壁議員は、議会で胸を張った。「公がやれないことを、民間が、こんなにも速く、安く成し遂げる」と。
だが、黒田は、ヴァルゴの「処理報告書」を、一枚ずつ、丹念に読んでいた。
そして、気づいた。
「……河川敷の案件。住民の、犬が一匹、行方不明になってる」彼は報告書の隅を指した。「ダンジョン出現時に、巻き込まれた可能性がある。だが、ヴァルゴの報告には『内部捜索は契約範囲外のため、実施せず』とある」
新庄が、覗き込んだ。「犬、ですか」
「今回は、犬だ」黒田の声は低かった。「だが、ハルトくんのときを思い出せ。ダンジョンは、人を巻き込む。もし次、巻き込まれたのが人だったら? ヴァルゴは、契約範囲外だと言って、捜さない。──効率的に、処理だけして、去る」
ハルが、壁際で、腕を組んでいた。
「あいつらのやり方は、昔から、それよ」彼女は、ぽつりと言った。初めて、自分から、過去を語り始めた。「あたしがいた『銀狼』は、A級パーティだった。鷲尾がリーダーで、あたしは、その下にいた。腕は、よかった。稼ぎも、よかった」
黒田も、新庄も、黙って聞いた。
「でも、あるとき、依頼が二つ、重なった。一つは、貴族の護衛。金になる。もう一つは、貧しい村の、ダンジョンに取り残された子どもの、捜索。──金にならない」ハルの拳が、固く握られた。「鷲尾は、護衛を取った。子どもの捜索は『採算に合わない』って、断った。あたしは、反対した。せめて、半分の人数で、捜索にも行こうって。でも、鷲尾は言った。『感情で、隊を割るな。死んだかもしれない子ども一人より、生きてる依頼人の金だ』って」
部屋が、静まり返った。
「あたしは、一人で、捜索に向かった。間に合わなかった」ハルの声が、掠れた。「子どもは、ダンジョンの底で、死んでた。あと一日、早ければ。あと、二人、人手があれば。──助かったかもしれない」
「……それで、ギルドを」新庄が、小さく言った。
「辞めた。鷲尾とは、決別した」ハルは、目を閉じた。「採算で、命を切る。あたしは、それが、どうしても、許せなかった。だから、ギルドを出て、嘱託になった。一人でも、金にならなくても、目の前の命を拾えるように。──でも、結局、一人じゃ、たいして拾えなかった」
黒田は、しばらく、何も言わなかった。
それから、静かに口を開いた。
「拾えますよ。これからは」
ハルが、目を開けた。
「あなたが一人で拾えなかったのは、剣しか、なかったからだ」黒田は、付箋だらけの例規集を、軽く叩いた。「でも、ここには、書類がある。住民がいる。前例がある。──採算で切られた命を、行政の仕組みで、拾い直すことができる。一人の腕じゃなく、制度の力で」
ハルが、黒田を見た。
「桜ヶ丘で、ハルトくんを、拾ったみたいに?」
「ええ。あれは、あなたの剣と、俺の書類の、両方で拾った」黒田は言った。「鷲尾が『採算に合わない』と切り捨てるものを、俺たちは、拾う。それが、公の仕事です」
そのとき、新庄が、緊張した声を上げた。
「黒田さん。ヴァルゴの、次の受注案件……商店街の地下です。立ち退きと、営業補償が絡む、一番大きな案件。それを、ヴァルゴが『最速処理』で、請け負ったって」
商店街。真壁の、再開発の、本命の区画。
黒田の目が、鋭くなった。
「……そこが、戦場になるな」
ハルの過去、ついに開示。銀狼の生き残り、芹沢ハル。「採算で、命を切る」鷲尾への、決別。あと一日早ければ救えた命。彼女が一人で背負ってきた傷です。
「採算で切られた命を、制度の力で拾い直す」──黒田が、ハルに示した、もう一つの道。
そして戦場は、商店街の地下へ。真壁の再開発の本命、最大の案件。次回、第2部の勝負回。「契約書の、空白」。




