第18話:民間という、解
それは、鮮やかな手際だった。
団地の地下駐車場のダンジョン。対策課が封鎖と避難に手こずっていたその現場に、黒塗りの車列が到着した。揃いの戦術装備。最新の探索機材。十数人の、訓練された部隊。
胸に、企業のロゴ。「VIRGO SECURITY」──ヴァルゴ・セキュリティ。
「ダンジョン処理、民間委託の実証事業です」先頭の男が、黒田に書類を差し出した。「区議会の決定により、当該案件は弊社が請け負います。区役所の皆さんは、下がっていてください」
部隊は、淀みなく動いた。封鎖、危険区域の設定、内部進入。半日かかると見ていた団地の案件を、彼らは二時間で「処理」した。魔物を掃討し、ダンジョンコアを安定化させ、立入禁止区画を最小限に抑える。
見事だった。速く、効率的で、無駄がない。
新庄が、思わず呟いた。「すごい……うちより、ずっと早い」
「金と人がある」黒田の声は、硬かった。「区にないものを、全部持ってる。──だが、速さと、正しさは、別だ」
その男が、現場を統括していた。
四十がらみ。鍛えた体に、高級な装備。余裕のある笑み。部下を顎で使い、効率だけを見ている目。
「現場統括の、鷲尾です」男は黒田に名刺を渡した。「いやあ、役所も大変でしょう。七か所同時なんて、三人で回せるわけがない。これからは、こういう仕事は、プロに任せてください。餅は餅屋、ですよ」
黒田が応じようとした、そのときだった。
背後で、空気が、凍りついた。
ハルが、立ち尽くしていた。剣の柄を握る手が、白くなるほど、強く。顔から、血の気が引いている。
「……鷲尾」彼女の声は、掠れていた。「なんで、あんたが、ここに」
鷲尾が、振り返った。そして、ハルを見て、にやりと笑った。
「おお。芹沢じゃないか。久しぶりだな」彼は、まるで旧友に会ったかのように言った。「お前、まだ、こんな現場にいたのか。しかも、役所の嘱託? ハッ。А級だったお前が、ずいぶん、落ちぶれたもんだ」
ハルは、答えなかった。ただ、鷲尾を、睨みつけていた。憎しみと、それ以上の、何か。
「銀狼は、解散したぞ。今は、俺はこっちだ」鷲尾は、ヴァルゴのロゴを指で叩いた。「効率の悪い人助けなんか、もうやらん。ちゃんと、金になる仕事をしてる。──お前も、いつまでも青臭いこと言ってないで、戻ってこいよ。腕は、買ってやる」
「……二度と」ハルは、低く言った。「あんたとは、組まない」
鷲尾は、肩をすくめた。「相変わらず、頑固だな。まあ、いい。じゃあな、役所の皆さん。次の現場があるんで」
車列が、去っていった。
地下二階に戻る道すがら、黒田は、ハルに何も聞かなかった。ハルも、何も言わなかった。だが、その横顔には、はっきりと、書いてあった。
あの男とは、過去がある。それも、消せない、深い過去が。
「芹沢さん」課に戻って、黒田は、ようやく口を開いた。「あの鷲尾という男、信用していいですか」
ハルは、長いこと、黙っていた。
それから、剣を壁に立てかけ、絞り出すように言った。
「あいつは──」声が、震えていた。「採算の取れない命は、切る男よ。あたしが、ギルドを辞めた、理由そのものだ」
黒田は、その言葉を、胸に刻んだ。
民間委託。速くて、効率的で、無駄がない。
だが、その「無駄」の中に、もし、誰かの命が、含まれていたら。
「……嫌な予感がする」黒田は、真壁の提案書を、もう一度開いた。
民間探索企業ヴァルゴ、参入。速く、効率的で、見事。役所より、ずっと優秀に見えます。
そして、鷲尾。ハルが凍りついた、過去の男。「採算の取れない命は、切る男」──ハルがギルドを辞めた理由、そのものでした。
効率の中に、もし命が含まれていたら? 黒田の嫌な予感。次回、銀狼の、生き残り。ハルの過去が、動き出します。




