第17話:一斉に、湧いた
その朝、対策課の電話は、五本同時に鳴った。
「商店街の地下から、唸り声が」「小学校の裏門に、穴が」「河川敷に、光る霧が」「団地の四号棟の、地下駐車場が」
新庄が、両手に受話器を持ったまま、悲鳴のような声を上げた。「黒田さん! 一斉です! 区内で、同時に──」
「連鎖湧出だ」黒田は区の地図を広げ、報告のあった地点に、次々と赤い印をつけていった。「ダンジョンは、一つ湧くと、周辺の地脈を刺激して、連鎖することがある。桜ヶ丘の一件が、引き金になったのかもしれない」
地図の上に、赤い点が、七つ。
「七か所……」新庄が青ざめた。「うちの課、三人ですよ。嘱託のハルさんを入れても、四人。どうやって」
「やるしかない」黒田はもう、ペンを走らせていた。各地点の危険等級の暫定査定、封鎖の優先順位、住民への一斉通知。一枚、また一枚と、申請書が積み上がっていく。
ハルが駆け込んできた。「商店街の地下、見てきた。あれは早い。半日で二層目まで拡張する。子どもの足じゃ逃げ遅れる」
「先に封鎖と避難。査定は後だ」黒田は指示を飛ばした。「芹沢さんは商店街へ。新庄は団地の住民避難。俺は本庁と災対庁に、応援要請を──」
その「応援要請」が、最初の壁だった。
本庁の阿久津は、電話の向こうで、いつもの調子で言った。「七か所同時? それは、もう区の手に負える規模じゃない。災害認定して、災対庁に……」
そして、災対庁の灰原。
「黒田主任。連鎖湧出は、全国で起きています」灰原の声は、疲れていた。「うちの処理班も、パンク状態だ。桜ヶ丘一件で二か月待ちと言ったのを、覚えているか。今は、四か月待ちだ。──正直に言う。国も、もう、手が回らない」
二層構造は、平時のためにできていた。一つの区に、ダンジョンが一つ、二つ。それを前提に、区と国で分担する。だが、七つ同時となれば、その仕組み自体が、軋み、悲鳴を上げる。
「区も国も、手が足りない」黒田は受話器を置き、呟いた。「制度が、追いついていない」
そのとき、新庄が、別の電話を切って、振り返った。
「黒田さん。隣の青葉区から、問い合わせです。『そちらの対策課が、ダンジョンを"不法投棄物"として封鎖した前例の、申請書の写しが欲しい』って。あちらも連鎖湧出で、本庁が動かないから、同じ手を使いたいって……」
黒田の手が、止まった。
あの日、彼が作った、たった一枚の前例。あれが今、他の区を、動かそうとしている。
「……写しを、送ってやってくれ」黒田は静かに言った。「前例は、一度できれば、誰でも使える。それが、前例の力だ」
地下二階に、引っ切りなしに電話が鳴り続ける。区中で、町が、悲鳴を上げている。
そして、その混乱の中で。
区議会の真壁が、ある「解決策」を、議会に提案したという報せが、対策課に届いた。
『連鎖湧出への対応として、ダンジョン処理を、民間の専門企業へ委託すべきである』
黒田の目が、細くなった。
「……来たな」彼は呟いた。「混乱に乗じて、本丸を動かしてきた」
第2部、開幕。区内に、ダンジョンが一斉に七つ。二層構造の仕組みそのものが、軋み始めました。
第1話の「不法投棄物」前例が、他の区を動かし始める──前例の力が、効いてきます。
そして、混乱に乗じて動く真壁。「民間委託」という、新しい、そして手強い壁が立ち上がります。
次回、民間探索企業の参入。そして、ハルが凍りつく、ある男の登場。




