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区役所ダンジョン対策課 〜住民票の次はボス部屋です〜  作者: やどかり


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第12話:危険等級、上昇

捜索が再開されて、四日目。迷宮は、牙を剥いた。


「下がって! 数が多い!」


三層目への降り口で、ハルが叫んだ。これまでの犬型の魔物とは違う。背の高い、二足歩行の影が、奥の闇から次々と這い出てくる。ハルの剣が舞うが、押されている。


「芹沢さん、無理はしないで!」黒田は壁際で、それでも記録を取り続けた。出現位置、個体数、形態。手が震えていたが、ペンは止めなかった。


「無理しないと、死ぬのよ、こういうのは!」ハルが一体を斬り伏せ、退いた。「黒田、撤退! 今日はここまで! この迷宮、危険等級が上がってる。二級から、確実に一級圏内に入った」


地上に戻り、黒田は査定結果を前に、長いこと動けなかった。


危険等級一級。それは──自治体の手を離れ、災対庁の管轄になる、しきい値だった。


「来た、わね」ハルが汗を拭った。「二層構造の壁。等級が一級になれば、ここはもう、区の迷宮じゃない。国の災対庁マターになる」


「ええ」黒田の声は重かった。「災対庁が接収すれば、捜索は向こうの判断に委ねられる。そして向こうは──」


「動かない。前例がないから」新庄が、力なく呟いた。「子ども一人のために、国は動かない」


その日の午後、まるで計ったように、地下二階に来客があった。


灰色のスーツの、五十がらみの男。胸には、災対庁の身分証。


「災対庁・地方管轄調整官、灰原はいばらです」男は事務的に名乗った。「桜ヶ丘第二公園ダンジョン、危険等級一級への上昇を確認しました。本日付で、当該迷宮は災対庁の直接管轄に移行します。──区役所は、手を引いてください」


「中に、子どもがいます」黒田は立ち上がった。「捜索中です。住民協働事業として、二千百世帯の合意のもとに」


「存じています」灰原は表情を変えなかった。遠野の冷たさが「計算」なら、灰原のそれは「無関心」だった。「ですが、一級迷宮への一般人および自治体職員の立ち入りは、災対庁規程で禁止されています。安全のためです。捜索は、災対庁が引き継ぎます」


「いつ、引き継いでくれるんですか」


「順番に。全国に一級迷宮は数百あります。専門の処理班の手配には、早くて……二か月後でしょうか」


「二か月!?」新庄が叫んだ。「中の子は、それまで──」


「お気持ちは分かります」灰原は接収の書類を机に置いた。「ですが、規程です。一自治体の一案件のために、全国の優先順位は変えられません。──では、本日をもって、桜ヶ丘の件は、災対庁が引き取ります」


接収。それは、緑川市と、同じ展開だった。


国が「安全のため」と言って案件を取り上げ、そして、動かない。コンクリートで蓋をする代わりに、書類の山の底に埋める。


黒田は、接収の書類を、じっと見た。


「……一つ、確認させてください、灰原さん」彼は静かに言った。「接収後、迷宮の処理が終わるまでの二か月間、現場の住民対応は、誰がやるんですか。封鎖の維持、苦情の窓口、地盤への影響の調査。それは、災対庁の業務ですか?」


灰原の動きが、一瞬、止まった。


「……それは、生活圏の管理だから、自治体の業務だ」


「では、接収しても、現場の対応は、結局うちが続けるんですね」黒田の目が、光った。「迷宮の中は災対庁、迷宮の外は区役所。住民にとっては、同じ一つの穴なのに」


「規程上、そうなる」


「分かりました」黒田は接収の書類を、丁寧に脇に置いた。そして、別の一枚を引き寄せた。「では、その『規程の穴』を、突かせてもらいます」


灰原が、初めて、わずかに眉をひそめた。


「……何を、するつもりだ」


「書類を、書くんです」黒田は、いつもの飄々とした調子で言った。「それが、俺の仕事なので」


危険等級、一級へ。ついに「二層構造の壁」が立ちはだかりました。災対庁・灰原──遠野とはまた違う、「無関心」という冷たさ。

接収すれば、捜索は二か月後。それは、緑川市と同じ展開でした。

だが黒田は、規程の穴を見つけます。「迷宮の中は国、外は区。住民にとっては、同じ一つの穴なのに」。

次回、桐生課長の覚悟と、最後の書類。


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