幻の大樹の孤島
幻の大樹の孤島と呼ばれるそこは、現代ではいわゆるオカルトチックな扱いを受けている。
たとえばムー大陸や魔のトライアングル海域のように、広く知れ渡っているものの長らく実態が謎だったためだ。
幻霧の森を抜けて街にやってくると、立ち並ぶビル街に唖然とする。
気がついたら少女と青年は都会のど真ん中に辿り着いていた。
「……これも幻霧の森の効果ですね。あの森は森であれば入り口はどこからでも入れますが、出口はコロコロと変わる。行きたい場所を強く願えば最悪の事態は回避できるようですが。」
未だに目隠しを外さない男になんと声をかけたらいいか分からず、一瞬チラリと視線を向けては地面を見る。
酔っ払いのようにネクタイを目に巻き付ける光景は……なんというか、人目を引いていた。
「え……と、その……目隠し………取っても大丈夫です……よ……?」
「いえ。」
顎下に手を置いて考える仕草をする彼に、少女は疑問を持った。
何かを考えているようにも、何かに集中しているようにも見えた青年はーーー
ーーー次の瞬間、魔法の杖を出現させて前方に魔法を放つ。
すると景観の幻は解けてゆっくりと本来の景色を取り戻した。
「これが幻霧の森の効果だと騙されかけました。」
「あ、あれは……」
外の景色がマーブル色に変化して徐々に元の現実を取り戻すと、少女は恐る恐る倒れた男を指差した。
「景観、人混み、雑音、そのどれを取ってもリアルにしか思えない高度な幻術。ですが随分と矮小な真似をする小物みたいですね。」
「まさか……さっきのは幻術…?本物にしか見えなかった、です……。」
「無理はありません。実際私も騙されかけました。彼の幻を操る技術は本物です。」
倒れた男がゆっくりと立ち上がると、アーディルはこれから己の生徒となる少女を背に庇う。
目につけていたネクタイを放り投げると、一等煌めく赤い眼が二人を視界に入れた。
「その目……吸血鬼ですか。一体なんの御用でここに?ここにはあなたの求めるものはありませんよ。」
「ダウト。僕の求めるそれはこの学園にあるはずさ。何故って、ある占い師に占ってもらってある予言を聞いたんだ。」
鼠色の後ろで結んだ髪を風に靡かせる吸血鬼に、少女は身を縮こませる。
「予言ですか。」
「聞きたいかい?いいさ、教えてあげるよ。占い師はこう言った。何千年に一度の神様が接近する日がもう近いって。ということは魔法使いたちの血が濃くなるのも必然。」
少女の背丈以上もある魔法の杖を握りしめると、アーディルは相手の出方を伺う。
「ねぇ、魔法使いが持つ三種の稀血の話を知ってるかい。それを持つ者がこの学園の生徒として入学するらしい。」
「生徒の血を飲むことは許しません。」
「ヤだね。僕はただ……より美味しい血を求めているだけ。それによって魔法使いたちに害があるのかどうかは知ったこっちゃないけど……」
視線を横に逸らしたその瞬間、機を逃さず杖を持って吸血鬼に襲いかかる。
「うわあっ!?」
魔法を使うまでもなく杖と己の体術のみで仕留めたのは残像だった。
「……。魔法使いが魔法を使わないなんて、そんなに魔法に自信がないんだね?」
アーディルの真後ろにやって来た吸血鬼は訝しげに彼を睨み、鋭く尖った赤黒い爪を首筋に当てて、ガリっと傷をつけるとそこから血が滲み出る。
時間にしてコンマ一秒にも満たない刹那、吸血鬼の腕を掴んで遠くの木々の奥まで背負い投げ捨てた。
「っ……?」
土埃で辺り一面が覆われる。
二人の視界が半分以上見えづらくなったのと同時に、アーディルは先ほどのあれも残像であることに気がついた。
「埒が開きませんね。」
「…鬱陶しい。それはこっちのセリフだよ。」
相対する二人はお互いを睨みつけ、睨み返してピリピリとした空気が振動する。
完全に蚊帳の外だった少女は砂埃を手で払い落とすと、注意があちら側に向いていることをいいことに胸のベルトにつけていたペンを取り出して空中に文字を描いた。
それはただの文字ではない魔法の文字。
いわゆる、時代遅れの『筆記魔法』ーーーしかし、少女・大束真歩はその古臭い魔術体形を完璧に使いこなしていた。
「〜〜〜。」
声にならない文字。
音に出さない言葉。
空中に魔力を込めた文字を書くことで、彼女は相手に気づかれず魔法を行使できる。
それはさながら古き時代にあったとされる神の奇跡のように。
(………今!)
幻術と筋肉を使って繰り広げられる魔法使いと吸血鬼の争いに見習い魔女が介入する。
振り上げたペンを持つ腕は浮かび上がった文字から魔法を出力し、高威力の魔力砲弾を浴びせる。
名付けて『魔爆』
と同時に、周囲の建物と森の木々も巻き込んで被害はかなり広範囲に及んだ。
「………あ。」
これはやばい、と気がついた時には時すでに遅くーーー大きな音を立てて崩れる建物を前に真歩は石のように固まった。
その後アーディルのいる方へぎこちなく首を向けると、感情の起伏が少ない彼でもあんぐりと口を開けて呆気に取られていた。
森の被害範囲は直進7キロ。
島と海の境界線まで吸血鬼は吹っ飛んでいった。
だらだらと身体中に滝汗が流れ出る。
(やっちゃった………)
貫通した森の間に通る風が髪を靡かせると、青年は後ろから聞こえてきたいつにも増して忙しないドタバタという足音に拾ったネクタイを整え、この後の事後処理を想像して頭を空っぽにする。
「………やれやれ、さすがにこの規模じゃ隠せませんね。」
「すみません、本当にすみません、すみません、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいすみませーーー」
頭がパンクしてぐるぐると目を回す真歩の頭上にポンと手を乗せ、優しく撫でる。
驚いて顔を見上げると、先ほどと変わらずなんとでもないような表情をしていた。
「平気ですよ、これぐらい。私の子供の頃なんかお遊びで海を割りましたし。」
「……えっ?」
耳を疑うような言葉を拾ってフードの中から彼の目を見つめる。
途端に視線がかち合うと、彼女はすぐに目を逸らした。
(………こ、この人、今なんて言った……?!)
顔を背けて眉を下げて訳が分からず困惑する。
奇しくも彼女の心の声の疑問に答えてくれる者はいなかった。
Q.アーディルが海割ったのって本当ですか?
A.はい。その影響で船が一隻沈没して大事になりました。
おかげで海流が激しくなったり、今もまだ割れたままなので観光客も多いみたいです。




