学園長室に呼ばれて
あの後、騒ぎを聞きつけた教師たちにアーディルは事情説明をし、真歩は一人学園長室に呼ばれていた。
学園の隅から隅まで広く見渡せる大きな窓に釘付けになるも、学園長と思わしき肩幅の広い老人が振り返ると咄嗟に視線を真下に下げる。
「はっはっはっ。森を7キロも薙ぎ倒したか。まだ入学すらしていないというのに、今年の新入生は次から次へと頭の痛い報告が絶えないのう。」
「すっ、すみませ……」
「よいよい。話は聞いておる。吸血鬼が襲ってきたんじゃろう?ならお前さんは正当防衛だ。うむ。そういうことにしておこう。」
純血の魔法使いの血筋では、吸血鬼伝説が数多く広まっている。
その中でも大きく二つの種類に分けられており、吸血鬼には人間の血と肉を食べ生気を奪い取る吸血鬼と、魔法使いの血を吸い生気と魔力を奪い取る吸血鬼がいる。
前者は後天的な吸血鬼で魔法使いの血は飲めず、人の血肉以外の食は喉を通らず、後者は先天性の元から不老長寿の吸血鬼であり、趣味と評して魔法使いの血を奪い飲む。
しかし何千年という歴史の中で後天的な吸血鬼は数を減らしていき、やがて絶滅した。
故に、今現在の残っている吸血鬼は魔力を持ち、魔力に耐性があり、不老長寿で魔法使いの血を趣味趣向として愉しみ味わう一癖も二癖もある吸血鬼しか存在しない。
並の魔法使いは愚か、まだ魔法学校にも通っていない見習い魔女の少女が撃退できただけでも奇跡に等しかった。
「正当、防衛……」
ほっ、と安堵したものの、学園長室の窓から見渡せる木々を貫かれた森を見てはやはり心が騒ついてぶるりと全身が震える。
窓を真横に相対する二人は、片方は太陽の逆光で、もう片方は地面を見つめる俯き加減でお互いの顔が見えづらくなっていた。
「それでは自己紹介をしよう。儂はドロウ・ランズバーグ。ここ、ラモーン魔法学園の学園長をしておる。」
「わ、私は……大束真歩と言います……。えっと………魔女リツェリーの、弟子……です。」
その言葉に驚いてたるんでいた瞼を大きく開かせる。
と同時に、学園長室のドアが開いて話し合いが解決したアーディルが戻ってきた。
「ご歓談中失礼します、学園長。」
スタイルのいい異国の青年風のビジュアルを持った彼が大きな扉から広間を通って歩いてくるのはどこか様になる。
コツコツと靴音を鳴らしながら二人の元へやって来た彼は、自ら学園長へ事情説明をした。
「説明が遅れてしまい申し訳ありません。彼女の師が大魔女リツェリーであることは私が保証します。彼女の魔法の腕が賢人クラスだということも同様に私が保証します。」
「ほぉ……大魔女リツェリーか。儂ですら顔を見たことはないぞ。この少女がかの大魔女の弟子だと保証できるのはお主だけなのか?」
「現状は、恐らく。」
「…よい、分かった。」
ただでさえ図体の大きい自身の背丈以上の魔法の杖を手にした学園長が、それを真歩へ向けて振りかざす。
「これよりお主が我が校の生徒として通うことを許可する。学業に励み、友を作り、誇り高き魔法使いとしての高みを目指せ。お主に月と奇跡の導きがあらんことを。」
それは一種の儀式。
学園長が魔法使いの杖を振りかざし、紡いだ詠唱を以って入学の儀式は完成する。
「っわ…!」
頭上から光り輝く宝石のペンダントが現れると、首に通される。
「すまないのう。入学式はつい昨日行ったばかりだったんじゃ。後のことはラシードに一任するとしよう。」
「了解しました。」
軽くお辞儀をするアーディルはそのまま背を向けて扉の方へと向かう。
「まあ待て。話はまだ終わっておらんぞ。」
ピタリと足を止め、左回りにゆっくりと振り返る。
「まだなにか?」
不機嫌という訳ではないのに、彼に帯びる不思議な圧……そしてなんとも言えない空気の所為で真歩は少し身を縮こめる。
「はっはっは。お主のクラスに儂の弟子も入れることにした。なにかと騒がしい小僧だが、好きにこき使ってよいぞ。」
はっはっはっ、と年寄りの爺の笑い声が部屋に響き渡っていた次の瞬間ーーー
「どどっ、どけどけ退けえ!危なああああいっ!!」
バリィンッ!
と、大きな窓ガラスが割れて箒に乗って不時着した少年と少女が頭からぶつかる。
思わぬ急展開に学園長とアーディルはすぐさま二人へ駆け寄った。
「いったたぁ……」
「〜〜〜っ!」
おでこを抑えてあまりの痛さに摩る真歩は、額に魔力を纏った文字を書いて痛みを和らげる。
下手したら頭が割れかねない衝撃に少年の方も頭を強く抑えていた。
「ん……?オマエは……新しい新入生か?見たことないヤツだな。オレはバット!よろしーーー」
それが言い終わる前にドカン、と学園長の拳骨を食らう。
「小僧、まずは謝れ。話はそれからじゃ。」
「いったあああっ!!なにすんだよこのクソジジイ!頭割れかけたんだけど!?」
「………。高速道路の事故等でもそうですが、双方がぶつかった時、より被害が甚大なのはぶつかられた側です。真歩さん、痛みは平気ですか?」
床に倒れ込んで頭を抑える真歩に駆け寄った青年は彼女がただ頭を抑えているだけでないことに気づく。
ほわり、と暖かな魔力が額を覆っていた。
「……治癒魔法ですか。感心しました、もうそこまで使いこなせるんですね。」
治癒魔法。
一般的な魔術師は、その生涯のうち一つか二つ程度の魔法しか使いこなせるようになれない。
上級魔術師ーーー例えばその筆頭である『賢使』の称号を持つ魔法使いさえ多くても五つが限界だ。
そしてそのうち、治癒魔法を会得する者はほんの一握り。
多くは血筋が持つ魔法体系に合った魔法を選び、学び、鍛える。
そんな中で、治癒魔法を学んでも使いこなせるようになれる者は相当珍しかった。
「ほう……目を見張るような腕前じゃ。さすがはリツェリーの弟子というだけはあるのう。」
「!えっと……ありがとう、ございます……?」
魔法での治癒を施し終えた真歩は立ち上がってフードを被り直し、三人からおずおずと距離を取る。
「む?……しまった、怖がらせてしまったか。」
するとまたフードのウサギの耳がピンと立って小刻みにぶるぶると震わした。
「え、えとっ……これは、その……皆さんを怖がってるわけじゃなくて、その……」
(………ただの、人見知りなんです……)
とは言えずに、下を向いて黙り込んでしまう。
するとぎゅっと衣服を掴んでいた少女の手を少年・バットが掴んだ。
「なんでそんな下向いてるんだ?」
突然のバットの行動にびくりと肩が跳ねて、咄嗟に顔を上げると少年と目と目が合う。
「ぶつかって悪かったよ。……怒ってるのか?や、その感じじゃ怒ってるってわけじゃなさそうだな。高等部からの新入生なのか?」
どう反応するのが正解なのか分からない少女は視線を右往左往させて少年の後ろにいるアーディルに助けを求める。
すると靴音を鳴らして二人の元へやってきたアーディルは二人の生徒の頭を撫でた。
「彼女は一日遅れの高等部の新入生です。バットさんも真歩さんも私が担任のクラスになりますのでよろしくお願いします。」
「うええっ!?あの超有名なラシード先生がオレたちの担任!?すっげーーー!!」
ぶんぶんと握った両手を振りながらジャンプして嬉しさを身体でアピールする。
身体的にも精神的にもまだ子供だった彼になされるがまま振り回されていた。
「コホン。じゃがバット、学園長室の窓ガラスを割った罰として夏休みまでの間トイレ掃除と床掃除、寮の廊下掃除と校庭の草抜きをせよ。」
「げっ……。」
「嫌だと言うのなら仕方あるまい。借金を更に上乗せすることになるが……」
「あーわかった、わかったよもう!じゃあオレたちは先に教室に行ってるから!」
片方の腕が解かれたと思ったら、少女はそのまま引っ張られて学園長室の扉の前まで小走りで向かう。
靡く髪が口に入って耳にかけると、視界に学園長とアーディルの二人を捉えて小さく頭を下げた。
「はっはっは。うちのバットとは違って礼儀正しい子じゃの。」
「ええ。若干人見知りではありますが……」
走り去って行った二人を見つめ、二人の魔法使いは感想を言い合う。
「それでは後のことはよろしく頼んだぞ、ラシード先生。」
「……はあ。わかりました。」
面倒事を押し付けられたような気がしてならないアーディルだったが、任された仕事を放棄することは出来ず、雷のように一瞬で姿を消した。




