魔女の家の少女
幻霧の森の奥には魔女のお屋敷があった。
『魔女』、或いは『魔法使い』
それは魔法を使う童話や御伽話に出てくるような存在。
しかし彼女、そして彼らはこの世界では実際に存在していた。
幻想に満ちた森の奥のお屋敷に一人の年若い異国の青年の魔法使いがやって来る。
ドアについたノッカーを2回叩くと数秒の間の後自動的にドアが開いた。
「彼女があなたのお弟子さんですか。」
ソファーに腰を下ろした褐色肌に艶やかな紫色の髪をした青年はフードを被った少女を見やる。
「そうだ。そんでもって見れば分かる通り、かなりの人見知りなんだぁぜ。」
「……一種の恐怖症のようにも見えますが。」
優雅に紅茶を口に含む背丈の小さな大魔女は、ご自慢のシルバーの魔女帽子のつばを直して青年を視界に入れる。
一見すると二十代にも見えない大魔女だったが、既に二千歳を超えている老女だった。
「それで……彼女をうちに通わせろと仰るのですか?」
「文句があるような口ぶりだぁね。オレの名前を使えば手続きなんが楽勝のはずだぁよ。」
少女の見た目で一人称は『オレ』
しかし大魔女の威厳は以前と変わらず異国の青年をたっぷり威圧していた。
少女は首をふるふると震わせる。
(い、いやだ………)
「通学させること自体は問題ありません。あなたの名前を使えばなおのこと。ただ、彼女の同意はあったのですか?」
「同意、ねぇ……育児なんてこの歳になるまでやったことなかったんだが、ようやく思い知ったぁよ。親は子を想うために時には強硬手段に出ることもやぶさかじゃあない。」
「つまり……同意はされていないと。」
青年は怯える少女に視線を向ける。
『怖い』と感情を身体で表しているような子供だった。
「お嬢さん……確かお名前は、真歩さんでしたね。あなたの母国の文字で『真っすぐ歩む』と書いて真歩と読むのだと聞きました。」
「…………」
びくびくと怯えながら顔を背け、目を背ける少女に青年はいいアイディアを思い浮かんだ。
自身の服をまさぐってちょうどいいサイズのネクタイを目隠しとして装着する。
「あなたは人の目が嫌いなのでしょう。話がしやすいように目隠しをしてみました。どうですか?」
その言葉を聞いて少女のフードについたウサ耳がピンと立つ。
無意識に魔力を帯びていたケープに気がつくと、耳を抑えてぶるぶると身体を震わせた。
そうして少女の視界に目隠しをした紫色の髪をした異国の青年がその目に入る。
「あ………」
「これで話ができますね。初めまして、私の名前はアーディル・ラシード。アラブ周辺国を拠点としている魔法使いです。今はラモーン魔法学園の新任教師も勤めています。」
「……え、っと」
人差し指の指先を宙でリズムを取るようにしてアーディル・ラシードと名乗った青年の言葉を咀嚼する。
少女が話しやすいように寄り添ってくれた青年にどう答えればいいか頭の中で考えていた。
一方青年は目を隠してこそいたが、目の前の光景はしっかりと見えていた。
だからこそ少女のその瞳に釘付けになる。
ーーー紫の瞳。
純度の高いアメジストのような澄み切った宝石の如き眼。
魔法学術的には『紫』は高い魔力を持つとされる色だった。
その色が人間の身体に出現したのなら、髪であれ肌であれ瞳であれ、必然的に高濃度の魔力を身体に宿すことになる。
ここでいう高濃度とは電力で言うボルト数のこと。
より魔力濃度の高い魔力を生成、蓄積できる者ほどその出力は一般的な魔法使いの数倍、数十倍にもなる。
その性質は少女の以外にも艶やかな紫色の髪を持つ彼も同様だった。
「ラモーン魔法学園………って、大樹のある孤島に隠された魔法学校……」
「よくご存知ですね。どうですか。通ってみたくはありませんか?」
「…………」
少女は俯いて黙りこくってしまった。
すると後頭部に本や服、マグカップにペンなどの日用品が魔女の手によって落っこちてくる。
「言っておくが、オマエがそこに行かなくてもオレはオマエを追い出すからな〜?ほぅら、これも成長の一歩だ。荷造りくらいはしてやるんだぁぜ。」
落ちてきた日用品を真新しいスーツケースに詰めてコンパクトに魔法で収納する。
ひょいっと、少女に投げ渡された小さなスーツケースは手乗りサイズにまで収まっていた。
「………〜〜っ。」
有無を言わさない視線。
立ち上がった少女は「うぅ……」と喉の奥から呻き声を上げる。
「泣いても何も変わりはしないよ。大丈夫、オマエには自分でなんでもできる手と足と魔法の杖があるんだから。行って来な。」
ふと、少女は突き放されたような気持ちになった。
親猫が子猫に自立を促すような瞬間。
親猫の後ろ支えがなくなることで心細くなるのは必然で、それでも少女は唇をぎゅっと噛んで決心をした。
「……行きます……行かせて、ください。」
「いいんですね。」
「いいんです……私はもう、あの人に………お世話になりすぎました。」
人と喋ることが苦手で、震えた声の少女は俯かせた視線を養母の方にちらりと向かせる。
「大魔女リツェリー、私をここまで育ててくれて本当にありがとうございました。」
少女が綺麗に九十度腰を曲げてお辞儀をすると、相手の反応がくるまで深く頭を下げたままだった。
そうして頭上から声がかかる。
「最後まで目を合わせないつもりなんだぁね。オレの目がそんなに怖いかい。」
尋ねているようで断定するような口調。
「!」
ギョッとして恐る恐る顔を上げると、逸らしていた目線を目の前へと持ってきて目を合わせる。
「そんなこと、ない……です。リツェリーおばあちゃんの目を怖いなんて、一度も思ったことない、よ……。」
「………はははっ!ならいいんだぁぜ。学校生活頑張りな。」
「う、うん……努力するよ………」
かくして魔女の家の少女・大束真歩による魔法学園学生ライフは幕を開けた。
この選択が吉と出るか凶と出るかは彼女の運命次第ーーー。




