第7話 庭園でのお茶会
しばらくして、リゼがお茶会の準備ができたことを知らせに来てくれた。
案内された白いテーブルには、銀の茶器と青薔薇を模した砂糖菓子が並べられている。
「リューネベルク公爵領は、紅茶も一級品を揃えているのだね」
リゼの淹れた紅茶の香りを楽しみながら、レクトールが静かに目を閉じる。
「リゼット、私は君のことを誤解していたのかもしれない」
「え……レ、レクトール殿下?」
「変わった人だと思っていたけれど、この技術……ずいぶん努力をしたのではないかな」
「……リゼットはリューネベルクの使用人よ? これくらいはできて当然だわ」
「ずいぶんと、冷たいことを言うのだね。リゼット、大丈夫かい?」
さすがに言い方が、強すぎただろうか。
けど……ここで、私がリゼに寄り添い過ぎてしまうと、レクトールに興味を持たれてしまう。
(リゼは私のよ? あなたがどれほど優しい声で欲しがっても、絶対に渡さないわ)
守るためとはいえ、彼女を傷つけてしまったかもしれない。
顔色を窺おうとしたけれど、うつむいたリゼが何を考えているのか、私にはわからなかった。
「お、お嬢様。私……そんなに褒めてもらえるなんて、嬉しいです!」
「……そ、そうか。君が傷ついていないなら、よかった」
「よかった、ですか? あの……レクトール殿下。私、まだ未熟なのに、お嬢様に褒めてもらえたんですよ? 嬉しいに決まってます!」
レクトールの笑みが、珍しくわずかに引きつった。
けど……すぐに柔らかな笑みを浮かべると、困ったように私の方へ視線を向け、紅茶を口に運んだ。
「リゼットさんって、面白いね。オフィーリアが羨ましいよ」
「ふふ、ありがとう、アルフォンス様。けど……あげないわよ?」
「そんな……警戒しないでいいよ。だって、リゼットさんは、リューネベルクにいるから、輝いていられると……俺は思うからさ」
アルフォンスの言葉が、胸に小さな傷を作る。
彼女を背景の一つにしてしまっていた以前の私が、今の状況を見たら、どう思うのだろうか。
「アルフォンス殿下は、噂とは違ってとても……お優しいのですね」
「……そうかな。俺なんて、兄上と比べたら、がさつだし、考えも足りない……未熟者だよ」
「あら、そんなに自分を卑下しなくてもいいのではないかしら? レクトール様にはレクトール様の、あなたにはあなただけの良さがあるでしょう?」
「そうですよ! レクトール殿下も素敵ですけど、アルフォンス殿下もご立派、だと思いますよ」
リゼの言葉を聞いていると、私の傷も……癒えていく気がする。
けど、できるのなら……レクトールの言葉を借りるようで癪だけれど、もう少しだけ言葉遣いには気を付けてほしい。
「そこまで言うのなら、オフィーリア。私の良さは……何かな?」
「レクトール様の良さ……ね。誰にでも分け隔てなく接するところではなくて? それがたとえ、自分の盤面を整えるためでも、最後まで貫けば美徳だと思うわよ」
「これは……随分と手厳しいね。もしかして、嫌われてしまったのかな」
「別に、嫌ってなんていないわ。ただ……そうね。本音を語らずに綺麗な言葉を並べるあなたが、気に入らないだけよ?」
レクトールの穏やかな笑みに、ほんのわずかに影が差す。
……わかっている。
今の彼は、あの時の歪みきった王太子ではない。
(……これでは、ただの八つ当たりね)
けど……この感情には嘘をつけない。
まるで、幼い身体に心が引っ張られているような気がして、自分の未熟さに嫌気が差しそうだ。
「お、お嬢様?」
「大丈夫よ。ただ、そうね……三人で話をしたいから、しばらく席を外してもらっていいかしら?」
「……わかり、ました」
「そんな落ち込まないでちょうだい。ただ……少しだけ、大事な話をしたいの。すぐに呼ぶから、庭園の薔薇を見ていなさい」
「は、はい!」
リゼはぱっと顔を上げると、小さく頷く。
そして、こちらに手を振りながら、庭園の奥へと小走りに去っていく。
「……もう少し、礼儀作法を教えた方がいいかもしれないわね」
「その方がいい。リューネベルク公爵家の名が下がるからね」
「あら、随分と辛辣なことを言うのね。さっきの仕返しかしら?」
「リゼットを下がらせたのは、本音を話せということではないのかな?」
「……今のあなたの方が、幾分かはましだと思うわよ」
もし……レクトールと、あり得たかもしれない未来で、互いに本音を言い合えていたら、何かが変わったりしたのだろうか。
ふと、そんなことを考えてしまうということは、私の中にまだ……彼への情が少しだけ残っているのかもしれない。
「兄上、オフィーリア。せっかくのお茶会なのに、喧嘩は……しないでほしい」
「あら、これは喧嘩ではないわ。ただ……お互いに思うところがあるだけよ」
「……そうだね。けど、私としてはオフィーリアに嫌われているとしても、嬉しく思うよ」
「嬉しいってあなた、人にいじめられて喜ぶのかしら?」
「いや、そうではないよ。今まで……こうやって私に直接、良くないところを言ってくれる人はいなかったからね。少し……嬉しかったんだ」
別にレクトールを喜ばせたかったわけじゃない。
ただ……まだ何も知らない彼に、嫌味を言ってしまっただけ。
「オフィーリア。俺の……いいところも、教えてほしいんだけど……いいかな」
「アルフォンス様のいいところ? そうねぇ……今のあなたらしくいること、ではないかしら」
「今の俺らしくって、答えになってないんじゃ……」
「ふふ、いつでも欲しい答えが出るわけじゃなくてよ?」
「オフィーリアって結構、意地悪なんだね」
アルフォンスの素直な反応が見たくて、つい……意地悪をしすぎたかもしれない。
「意地悪だなんて心外ね。ただ……あなたは深く考えるよりも、自分の心に嘘をつけない優しさが素敵ってだけよ?」
「……そうだね。アルフォンス、君はそのままでいてくれ。私も、その方が……いいと、思うよ」
「……兄上まで酷いよ」
「はは、すまない。ただ……久しぶりに兄弟らしい会話ができた気がして、気分が高揚してしまったみたいだ。許してくれないかな、アルフォンス」
「許すも許さないも関係なくて、俺も兄上と、こうしてゆっくり話せて……すごい嬉しいよ」
アルフォンスの言葉に、レクトールはほんの少しだけ目を見開いた。
それから、困ったように、それでいてどこか嬉しそうに笑っている。
こんな穏やかな表情を、私は見たことがあっただろうか。
そう思うと……何故だか、胸の奥が少しだけ痛んだ気がした。
「さて……三人だけの話はこれくらいにして、そろそろリゼットに戻って来てもらいましょうか」
胸の痛みをごまかすように、まだほんのりと温かい紅茶を口にして、感情を胸の奥へ沈めると、テーブルの上に置かれたベルを手に取り、リゼットを呼ぶために鳴らした。




