第7話 月影の薬
「エステラ、クラリッサはその……大丈夫、なの?」
クラリッサの今の状況を考えれば、いつ私も彼女のようになってもおかしくはない。
そう思いながら、後ろで静かに佇んでいるエステラへと語り掛ける。
「その、私は……」
「あなたがここに居るということは、クラリッサの看病をしていたのでしょう?」
言葉を発しようにもうまく話せないのか、口を忙しく動かしているクラリッサをよそに、周囲の状況を見渡す。
見たことのない色の液体が満たされた水差しに、彼女の体を拭いてあげていたのか、濡れたままのタオルが綺麗にたたまれている。
「あ、あの……エス、エステ、ラさんは、私の……その」
「無理に話さないで横になっていた方がいいわ。病人は身体を治すことが仕事よ?」
「……は、はい」
何かを言おうとしたクラリッサの肩に触れると、ゆっくりとベッドへと体を倒していく。
(……見た目のわりに結構、身体つきはしっかりとしているのね)
弱っているとはいえ、手から伝わる貴族令嬢らしからぬ感触に、言葉にできない違和感を覚える。
これではまるで――。
「ごめんなさい……クラリッサ? あなた、もしかし――」
「オフィーリア様、彼女は病人ですよ? なにを聞こうとしているのかはわかりませんが、負担をかけるようなことはしないでいただけますか?」
「……え?」
声がした方向に振り向くと、今までとは違い、凛とした佇まいで私を見るエステラがいた。
「オフィーリア様の言いたいことはわかります。けれど、病人に対して失礼なことはおやめください」
「そ、そうね……。クラリッサ。その、悪かったわね」
「あ、い……いえ、その、わ、わたし、その……はい」
私が感じた違和感はきっと、気のせいだったのかもしれない。
そう思いながら、改めてクラリッサを見るけれど、服の上から見る彼女の姿は、どう見ても貴族の令嬢にしか見えない。
(……私が男装しているせいかしら、変に気にしてしまったのかもしれないわね)
「それで……エステラ? 私の言いたいことがわかると、いきなり意見を変えてくれたわけだけれど、いったい何がわかったというのかしら?」
「え? あ……あの、オフィーリア様もお気づきかと思うのですが、その、クラリッサさんの身を侵しているのは……」
「この部屋とクラリッサが着ている服だって、いうことよね?」
静かにエステラが頷くと、ゆっくりと壁に近づいて優しく指で触れる。
「……はい。どうやってオフィーリア様がこの色の毒性について、気付いたのかわからないのですが。これは、その、私の国で作られたものです」
「あら、簡単に認めてしまうのね?」
「ここで嘘をついてしまっては、私が尊敬するオフィーリア様に失礼ですから……」
出会ってからまだそんなに経っていないというのに、尊敬していると言われても……なんだか、うさん臭く感じてしまう。
どうせ、レクトールが何かしら吹き込んでいるのだろうけれど、だからといって、無条件に信頼されるのは、少しだけ怖い。
「あ、あの……オ、フィーリア様が、あの時言っていたことって、こ、これが、原因で、すか?」
「そうよ? その、クラリッサ……あの時は私の言葉が足りなくてごめんなさい。もっとしっかりと伝えていればよかったわね」
「そ、その、はい。けど、それだと私、信じられなかったとおも、います」
「……そう」
たどたどしくも、どこか力強い彼女の言葉を聞いて、あの時のことを改めて思いだす。
(……本人から直接言われるのは、なんだかくるものがあるわね)
「やっぱり……そうなるわよね」
「……はい」
これ以上、なんて言葉を返せばいいのかわからない現状を変えようと、視線を水差しへと向ける。
エステラが使っていたものだとは思うけれど、この中にはいったい、何が入っているのだろうか。
「クラリッサ、あなたはもう休んでいて? 私はちょっと、エステラと外でお話をしたいから……ね?」
「あ、はい。で、でしたら、その、ここを使ってくだ、さい」
「……いいの? ここだと、あなたが休めないのではなくて?」
「大丈夫、です。その……一人になるよりも、誰かがいてくれた、ほうが、うれ、しいので」
「あら、ずいぶんと可愛らしいことをいうのね」
恥ずかしそうにシーツを手繰り寄せて、顔を隠してしまったクラリッサの頭を軽くなでる。
気持ちがいいのか、声を出さずに静かに目を閉じる彼女を見ていると、私に妹がいたらこんな感じなのかと思えて、なんだか微笑ましい。
「ねぇ、エステラ? あの……水差しの中身は何かしら?」
「あれは……そう、ですね。あの染料の毒性を抑える……薬です」
「抑えるって、あなた……これがどういうことかわかって言っているの」
「……はい」
静かに頷いたエステラが、水差しへと近づいて行く。
そして中の薬を勢いよく飲み干すと、小さく咳き込み、私を見る。
「この通り、私が飲んでも問題がないので、毒では……ありません」
「……だからってあなた、大人しそうな見た目の割には、ずいぶんと大胆なことをするのね?」
「えぇ、だって……オフィーリア様が言ってくださったんですよ? 自分の思うように生きた方がいいって、だから……その」
「……そういえば、そんなことを言ったような気がするわね」
だからと言って、クラリッサのために用意した薬を飲むのはどうなのだろうか。
そう思いながら水差しをエステラから受け取ると、まずは何から聞こうかと、彼女の顔を見て微笑んだ。




